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計量計測データバンク ニュースの窓-389-
News material content collection of metrology databank №389

計量計測データバンク ニュースの窓-389-
男と女の嘆(なげ)きを聴かされて滅入ってしまう


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計量計測データバンク ニュースの窓-389-男と女の嘆(なげ)きを聴かされて滅入ってしまう

BOSEスピーカーとビートルズのLet it beそしてサイホン・コーヒーのこと 森夏之

健康と病気の間にあることがら 森夏之

 生体検査の結果がでる日、サクラが満開の青空を見上げながら考えた。

 もしも悪い結果だったらサクラの花と青空はどのように見えるのだろうか。そして日ごろのこと、つまり日常の暮らしが違ってしまうのだろうか。

 医者は良い結果にも悪い結果にも付き添わなければならないから、その結果に対応した処置をとるだけでのことである。

 検査結果のでる日の前後にその臓器から発する異変をさまざまに探ってみた。どうだろう、この状態は異変なのかそうでないのか、さまざまに思う。

 晴れたら良いねと、思う一日であった。(2026年4月8日記)

ある仮説 ある党のその組織はその長のためにあったのではないか

 ある仮説をしてみた。日本のある党のその組織はその長である人物のためにあったのではないかというと、当のご本人が生きるための体制であったのではないか。

 組織を整え、収入の方策として新聞を核とした。新聞の配達と集金のための組織として党体制を整備した。

 表向きはこのことによって組織が強くなり、選挙をしても確実に勝てるとしたのであった。このことはある時期まで体をなした。

 内実をみると新聞の配達と集金に従事した、というよりも真面目で意欲的とされた普通の組織員はこの体制に組み込まれ、新聞屋における新聞員と同じように機能させられた。いわば無給の新聞配達と集金員である。

 そのようにしてその党組織は体制が組まれていた。

 ある男は人類の未来のために知能を働かせると最晩年に語っていた。余程の自信家であり、見ようによっては自惚れたことであろうか、ともいえる男の態度であった。本人の口からではなくその男の弔いの場での弔いの場での家族の話である。

 上のことには二項目が含めてある。思ったことであり、どこまで真実であるかはわからない。

崩壊した24万人を擁する青年組織とそれを「指導」する組織との相関

 あるは24万人を擁するようになっていた。1970年初頭のことである。

 その青年組織はある政党の「指導」を受けるという規約を設けていた。指導などという言葉は気に食わないと考えるのが普通であるが、わざわざ指導というのであるから、指導する側は余程自分を偉いと考えていたのであろう。

 学生運動の高まりを経て青年組織は24万人の組織人員を持つようになった。岩手大学では三千名の学生のうち学生の三分の一の千名かそれ以上がその組織に加わっていて、寮の会議は青年組織のそれと同じという状態であったという。

 青年組織の運動には自由さがあった。明るさがあった。学生の三分の一かそれ以上がその組織に加わっている状態では学園そのものが解放区のようであった。未来は教員になり、就職しても世の中は自由な学園の延長と考えていられたのである。

 「指導」するとされた親組織と同数の規模の学生と青年組織が自由闊達に動いている状況下では、親組織にどのように作用するか、負の要素を考慮した幹部がいたことであろう。

 親組織の長は大衆運動をしたことがなく時代の背景から地下組織での活動を余儀なくされ、治安維持法によって逮捕され10年を超えて牢獄に閉じ込められていた。

 青年・学生運動の組織者たちが後に親組織組み入れられたときに、指導的立場を脅かすことを恐れても不思議ではない。事実青年・学生運動の指導者であり青年組織の幹部になっていた者たちは親組織への反発心を抱いていた。そのことはさまざまな形で表出し、「指導」する親組織の長がそのことを感じ取った。一緒の会合を開いてそのことを確かめた。親組織の長の眼が異様な動きをしたと青年組織の幹部が書き残している。

 その後に青年組織に属する活動家たちへの追及が開始された。親組織の構成員になっていた活動家たちは規則に規則に縛られている。駄目ななものは駄目だという理屈で屈服させられた。皆がずたずたにされ自己破壊にまで追い込まれる。

 青年組織の幹部たちの活動内容を親組織はある種の規則違反とし、その名称を妙な言葉で定義した。青年組織の幹部連の活動を知らない構成員は名称を妙な言葉の説明文を繰り返し読まされ、説明文の範囲での議論をさせられた。なぜそのようなことをしなければならないのか、誰が何を間違えて、その上での反省なのかわからないままに。このことは2626年4月9日(木)の現在でもわからいままにある。

 奇妙なものだと青年組織の幹部たちが残した手記の出版物を読んで考える。

 青年組織はやせ細り組織の体をなさなくなった。「指導」する親組織はこれを追うように小さくなっている。

 考えることを一部の人々に委ね、ほかの人々は従うだけということになっていたと言い切ることができるような組織は衰退する。そしてその組織の属する人々は持っている才能や力を萎(しぼ)ませたままにする。

 それにしても「指導」するという組織の長とその周辺の人々の自惚れは酷(ひど)くはないか。その組織の従業員になったある者が語った。官僚組織と一緒であり、キャリアと認められた者だけが上に行く、と。日本の国家公務員の6%程度がキャリア公務員として働き、重要な政策の立案をする。これと同じようなことだというのである。

 「指導」するという組織にかかわる運動理論や学術がらみの出版の権限は事実上はその組織内部にあり、それはその組織の長の権限に属するようにつくられている。自由な思考と学術の筆記と出版の権限に絡む問題として認識され始めているように思える。


個人が能力を豊かに開花させ社会に貢献できることへの願い

 ある党のその組織に勤めた人を4人知っている。そのうち二人は精神を病み、このうちの一人は自律神経失調症をも同時に病んだ。仕事の中心は新聞を増やすこと、また財政のことであった。皆が嫌なことを、促して仕事をさせる。それは新聞を増やすこと、募金を集めることなどであった。

 二人とも数年のうちに病んでしまい、その後はその職から離れて生活するようになった。

 平和な日本で社会改革を謳って、そのための活動としてその党の新聞を増やし、募金を集めて活動の糧にするという業務は過酷ともいえる。

 未来の明るい日本を夢見ることは、つまりは上のような活動をして、心身ともに無理が重なって数年のうちに病気になるのであった。

 社会改革のための理想を描く。その理想を自分で描いてみること、論理化してみること、それを発表することは、この組織では実際には普通の人にはできない、あるいは「許される」ことではないように思われる。

 このようなことであるとその組織の理論戦線は貧しい内容になってしまう。

 ある幹部党員でその組織の長として活動した人物は自分は人類の幸福のために知能を大いに働かせるのだと最晩年に語ったのだという。

 同じことを普通の組織員もして良いのではないか。学校歴や知識と教養などがの組織の長として働いた幹部に劣らない人の多くは、実質上は理論活動に加われないか、あるいは排除される。

 個々人も能力と希望とを花開かせることができるようでなければ豊かな社会も豊かな個人も実現しないのではないか、と思われる。


自己と組織の間の矛盾を抱え込んでいる人を見ていると気の毒でならない

 組織原理が世の中のそれとは違いすぎるから、ある政党、そしてその青年組織に所属すると離脱の確率が高くなる。

 意見を述べることの自由度がどれほどあるのかというと、これを否定する人は多い。発言はできるけれども、それは執行部の意向に沿った内容でのこと。反対意見を述べようものなら容赦ない反撃を浴びて、つまはじきの状態になることをおおくの組織員は経験上知っている。

 政治に関連する組織とはそういうものだというのが相場なのか、ある政党が特別なのかは知らないが、多くの人はある政党の場合には特別だと感じている。組織の属したことがある多くの人と言ってよい。

 組織に収まることが誠に厳しいものだから離脱率は高い。自分の希望が良い形で実現され、まら学ぶことを含めて能力を高めていくということになると、事実上はふつうの組織員には有り得ないことである。

 傍から見ていてあの人は組織員になって見事に能力が開花したと思えたことはない。みな身と心をすり減らして、萎(しぼ)んでいくのである。

 何かが変だ、何かがおかしい。民主だとかさまざまな言葉が並べられるけれども、民主が、あるいは良い意味での自由が広く存在する状態であるとは思いにくい。

 そのような組織の将来を考えると、組織に属している人が気の毒でならない。

 自分あるいは自己と、組織の間の矛盾を抱え込んでいる人を見ていると気の毒でならない。そしてそのような組織の将来は暗いと思えるのである。


新聞拡張が活動業務である日常へのある男の嘆(なげ)き

 ある男の話である。それは嘆(なげ)きといってよかった。ある政党での下町における住まいにおける活動のことであった。

 男は千代田区における出版社で経営支部の一員として活動していた。出版社グループには大手有名企業などが含まれていて、グループで活動するのは千代田区議選挙が主なものであった。出版社の経営支部を解散させられて、個々の組織員は居住区の支部に属するように処置させられた。一度の議論もなくそれは命令であった。

 そのような経緯があって男は都内23区のある居住支部で支部長の任についていた。20名ほどの組織で高齢の夫人が10名ほど、それの連れ合いの男が5名ほど、ほかに40代の男女が5名ほどいた。40代の組織員は会議にはでることがない状態にあった。

 会議で何を議論するかというと新聞の拡張が事実上の議題にあった。選挙になれば票の掘り起こし作業。

 新聞の拡張は毎週の会議の議題になっていて、地区委員会から指導者として送られてくる者が議論の司会をするのが実態である。高齢の組織員たちは毎週毎週、拡張の対象者はないかと持ちかけられても、それは何年も繰り返されていることであり、特別な目当てはなかった。購読を止めた人のことが知らされると、それが新たな拡張に対象になるという状態であった。

 ある選挙が近づくと本部からの支援隊だということで指導に赴いてくる者がいた。支部長の頭越しにさまざまなことを語り、最後の新聞を拡張をどうするかと皆に迫った。指導に来た者が参議院選挙の候補者として末席に連ねられていた。候補者になったのは一回きりであり、その後に姿はなかった。経歴には東京大学農学部卒とあった。

 そのような会議をして新聞の拡張を目指しても組織員の縁が通じる範囲でしか増えないのであった。この支部に関係する区議会議員がいて4期ほど当選していたが5期目に落選した。その後に一度返り咲た。その議員の住まいしばらくして消えていた。引退したのかどうかは不明である。

 この区には多い時には6名の区議がいた。2026年4月の区議は3名。2023年4月に実選挙結果であり、任期は2027年4月30日。次の選挙では6名を目指すことになっている。

 その男の居住区の支部に地区委員会から指導者として派遣されていた者の子供が三名の区議の一人であり、この居住区を地盤にしている。

 ある男は居住区の支部から離れて別な地域に移った。親の介護のためであった。かつての居住区の議員数は半分になり、居住区の組織員も減っている。

 使命感のようなものはあっても会議に出ても活動しても楽しさを感じることが少なかった。新聞の拡張、日刊紙の配達、集金の業務が当然のように割り当てられる日常にうんざりしていた。


文芸と哲学と経済・政治分野の戦線が縮小しているように見えるある政党のこと

 文芸あるいは文学の分野での戦線が縮小している政党がある。

 理論分野においても同じである。

 文芸、文学と経済、政治分野での理論活動、ここには哲学の分野も含まれる。

 こうした分野での戦線の縮小が激しい。

 何故こうなったのか。規律を重要視するあまりにわずかの違い、あるいはそれにもとづく行動への違和感があると、許しがたいとする考えが強すぎるのではないか。

 除名とか除籍をされた人々が外へ出た後で随分と騒がしい。ユーチューブという動画メディアでのそうした人々の発言は、組織の主体者たちが正しいと訴える力を弱めるように作用する。そうしたことを乗り越えることができるかというとそうはなっていない。

 外へ出た側と本体の人々との主張は並列に扱われがちであり、追い出した側にはマイナスイメージが大きく漂う。

 ある政党は昔に比べると文芸と哲学と経済・政治分野の戦線が縮小しているように見える。哲学を学んだあの哲学者は組織を追われ、同じように原水禁運動の人々、さらに学生運動の第一線で活躍した多くの人々が組織から去っていることを寂しく思う。青春の思い出とともにあった人々であり、思い出すたびに悲しくなる。

 そのように語る男の話を長い時間聞かされた。

10年先、20年先にはある政党の新聞発行の体制は崩壊するであろう

 ある男は何時も思う。どうして俺は新聞を配り集金をして、これが一番重要な組織活動であらねばならないのかと。

その組織は「機関紙中心の組織活動」を謳っていた。新聞の集配業務をするのは街の新聞屋である。なぜ俺は無給の新聞屋の集配業務をしているのか。組織は機関紙という新聞で宣伝をし、意思の伝達をするから、これが大事なのだという。給与生活者として暮らす吾が身には朝の一時間か二時間は貴重である。そして日常においても新聞代金を集めに出かける時間は耐えがたいことである。決して喜んで読んでいるのではない新聞の代金の集金である。苦情の一言があって何時断わられるのか。それは自分にとっては存在を否定されるようでならなかった。

 そのような活動を続けるのが組織活動であった。10年、20年、30年、40年と続けている組織員としての活動である。

 その男が事情があって住まいを変わり、新聞配達、それは日刊紙であったが、その新聞配達業務が困難になったことを組織に伝えた。一月してもそれに対するまともな回答と対応の手立ては取られなかった。二カ月が経過するころにもうこの業務をすることはできませんからと宣言をして終えることにした。その後にどのようになったかの確かめることをしなかった。遠くの住まいから時間をかけて通っての日刊紙の配達であった。そして同じように集金をしていたのであった。

 その地区のその区域の新聞配達の人員が不足していることは知っていた。若いからということで担当した配達と集金の業務であった。無理があるのだ、組織にも個人にもと男は考えていた。わずかの部数の新聞であるから街の新聞店に委託すれば良いではないか。新聞業務からもたらされるお金を組織の中枢部の運営費としてまかなうという構造に不快感を覚えていたのである。

 新聞店に委託すれば購読の維持が困難になり、購読者の情報が洩れる、また組織の中枢部門にもたらせれる収入が減る、といったことが起こるということからの組織員を新聞員として使う体制であったのだろう。

 そうした新聞の発行の体制に危機が訪れている。この先10年を経過すると、あるいは20年先には新聞発行の体制は崩壊するであろう。

 ある男にそのような嘆(なげ)きを聞かされた男は何時ものことながら滅入る。そんなことを話すのは組織原則に違反するのではないかと思い、聞こえないふりをしている。

 その男はポツリと言った。新聞の発行と集配体制は組織の幹部と中枢部の人々の生活を維持するために大きく機能していたのではないか。新聞の体制が崩壊し始めている今、そしてこの先のことを想定するとこの組織は崩壊を余儀なくされるのではないか。そのような意味のことが聞こえた。




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