ニッコウキスゲが咲いて霧ケ峰高原に夏が来る
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ニッコウキスゲが咲いて霧ケ峰高原に夏が来る 甲斐鐵太郎
霧ケ峰高原の気温は平地より15℃低い。大門峠を起点にして霧ケ峰に向かう。途中で鹿の親子を二度見た。
霧ケ峰高原のニッコウキスゲは電気柵で囲われるようになったために鹿による食害を免れるようになったので、黄色いお花畑が広がるようになった。
キスゲ(黄菅)は、朝に開花し夕方にはしぼむが、一つの茎から幾つもの花芽がでることや、群落をなすことなどから人は一日だけのはかない花であることを意識しない。
ニッコウキスゲは雪の大谷で名高い立山の方面ではゼンテイカ(禅庭花)と呼んでいる。ワスレグサ属の多年草。一般的にはキスゲ(黄菅)ともいう。
無意識にキスゲの花を撮影していたら車山のすそ野に引かれたビーナスラインと南アルプス、そして甲斐駒ヶ岳が構図よく映り込んでいた。
北アルプスの穂高連峰と槍ヶ岳が北穂の大キレットとともに姿を現していた。ドラマの舞台である安曇野市や大町市の市街地からは穂高連峰と槍ヶ岳は前山が邪魔して見えない。
八島湿原を車山肩のニッコウキスゲの丘から見渡す。湿原の池は小さくなっていて、モミの木の林が湿原に迫っている。
八島湿原の右手奥に美ヶ原があり、鉄塔がそれであることを示す。松本駅から見上げる美ヶ原とは違う形をしている。
八ヶ岳連峰の最北端を形成する蓼科山(標高2,531m)が車山(標高1,925m)の脇に顔を出す。蓼科山は霧ケ峰を形成する山ではないが、風景の一部を形成する。
車山(標高1,925m)とニッコウキスゲのワンカットがあったので喜んだ。キスゲが咲く同じ場所にはコロボックルヒュッテ(標高1,820m)がある。
キスゲが咲く同じ場所にはコロボックルヒュッテ(標高1,820m)があり、宿泊ができる。この日は少ない客室が塞がる状況であり、賑やかに夕食の時を過ごす様子が見られた。
コロボックルヒュッテの先代オーナーの手塚宗求(てづか そうきゅう)とは北アルプス登山や岸壁登山を一緒にする関係。手塚宗求は串田の心情をよく理解していて、あるとき意を決したようにコロボックルヒュッテを降りていく様子を手記に残している。それが「音楽の絵本」につながるのかどうかは定かではない。
(タイトル)
ニッコウキスゲが咲いて霧ケ峰高原に夏が来る 甲斐鐵太郎
(本文)
土曜日の午後になって元気が出てきたから車を西に向けて走り出した。2026年7月11日のことである。九州は梅雨明けということであり、この何日かの晴れ模様は関東と中部と東海地方は2026年は7月9日(木)に遡って梅雨明けが告げられると予想している。
耳に入ってきたニュースが霧ケ峰高原のニッコウキスゲの見ごろを伝えたのは7月9日(木)であった。霧ケ峰高原の気温は平地より15℃低いと告げている。大門峠を起点にして霧ケ峰に向かう。途中で鹿の親子を二度見た。生れて間もない小鹿であり、車に怯えて道をわき目をふらずに横切った。
霧ケ峰高原のニッコウキスゲは電気柵で囲われるようになったために鹿による食害を免れるようになったので、黄色いお花畑が広がるようになった。電気柵がなければ群落は出現しない。鹿が増えすぎていてニッコウキスゲに勝っているのだ。一帯の森林、特にモミの木が山裾から車山(標高1,925m)山頂にむかってじわじわとにじり寄っている。霧ケ峰高原は放牧地であり、同時に萱場であったから、樹木をはやさなかった。放牧も萱の採集も止めてしまうと森林は高原の頂に向かって少しずつ登っている。放っておけば50年後には霧ケ峰高原は鬱蒼とした森林に変容するから、ニッコウキスゲやレンゲツツジの群落は消える。
ニッコウキスゲは雪の大谷で名高い立山の方面ではゼンテイカ(禅庭花)と呼んでいる。ワスレグサ属の多年草。一般的にはキスゲ(黄菅)ともいう。ユウスゲ(夕菅)は、このキスゲより淡い色をしていて、高原の夏の夕方にレモンイエロー(淡黄色)の花を咲かせ、翌日の午前中には萎む。キスゲ(黄菅)は、朝に開花し夕方にはしぼむが、一つの茎から幾つもの花芽がでることや、群落をなすことなどから人は一日だけのはかない花であることを意識しない。プレミアムドラマ「勿忘(わすれな)草の咲く町で~安曇野診療記~」の
勿忘草はキスゲとは全く別種で薄紫の5弁の花を付ける。広義にはムラサキ科ワスレナグサ属の種の総称。狭義にはワスレナグサ属の一種、シンワスレナグサ。
「勿忘(わすれな)草の咲く町で~安曇野診療記~」は、清らかな水と澄みきった空気の流れる信州・安曇野(あづみの)。北アルプスを望む小さな総合病院を舞台に、看護師と医師が、患者一人一人の人生と真剣に向き合う姿を丁寧に描くヒューマンドラマが誕生します。物語の中心となるのは、患者に寄り添おうと奮闘する若手看護師・月岡美琴と、花を愛する少し不器用な研修医・桂正太郎。二人が、日々の救急搬送、看取(みと)りの現場、厳しい病状説明、そして患者や家族の葛藤と向き合いながら、ときに衝突し、ときに支え合い、確かな絆を育んでいく。未曽有の高齢化が進む地域医療の現場で、二人は高齢者医療と終末期医療の難しさに直面。延命か、それとも看取りか。患者や家族、そして医療者自身が葛藤しながら選択を迫られる現実。その重い問いと向き合う日々を通して、二人は「人がどう生き、どう人生を終えていくのか」という医療の本質を問う。原作は、『神様のカルテ』や『スピノザの診察室』など数々のヒット作で人気を博す現役医師の小説家・夏川草介の同名小説。霧ケ峰高原は茅野市、諏訪市、下諏訪町、立科町などにまたがり、ドラマの撮影地の安曇野市と同じ長野県。安曇野市の庁舎は木を表面に出した造りである、木造と何かの混合体のように見える。
無意識にキスゲの花を撮影していたら車山のすそ野に引かれたビーナスラインと南アルプス、そして甲斐駒ヶ岳が構図よく映り込んでいた。
7月11日(土)は何時しか午後5時になっていて気温は20℃に満たない。北アルプスの穂高連峰と槍ヶ岳が北穂の大キレットとともに姿を現していた。ドラマの舞台である安曇野市や大町市の市街地からは穂高連峰と槍ヶ岳は前山が邪魔して見えない。
車山(標高1,925m)とニッコウキスゲのワンカットがあったので喜んだ。キスゲが咲く同じ場所にはコロボックルヒュッテ(標高1,820m)があり、宿泊ができる。この日は少ない客室が塞がる状況であり、賑やかに夕食の時を過ごす様子が見られた。朝起きたらテラスから写真の風景を眺め、夕食後はほろ酔いで火照った頬を夜の冷気が冷ます。大学教授だったころの色川大吉と串田孫一は長い夏休みをここに逗留していた。ビーナスラインが敷かれる前のことである。串田孫一は東京外国語大学教授を務めたが、1965年に退官。1965年から1994年まで、FMラジオ番組「音楽の絵本」で多くのファンを集めた。コロボックルヒュッテの先代オーナーの手塚宗求(てづか そうきゅう)とは北アルプス登山や岸壁登山を一緒にする関係。手塚宗求は串田の心情をよく理解していて、あるとき意を決したようにコロボックルヒュッテを降りていく様子を手記に残している。それが「音楽の絵本」につながるのかどうかは定かではない。
2026-07-11-summer-arrives-in-kirigamine-plateau-as-daylilies-spread-across-the-landscape-