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キログラムの定義改定を実現したプランク定数測定の方法
プランク定数測定のためのワット・バランス法とX線結晶密度法
産総研で開発したシリコン単結晶球体の形状を高い精度で測定する
レーザー干渉計(左)と、直径測定値の、平均直径からの偏差を表示
した球体形状三次元図(右)
(タイトル)
キログラムの定義改定を実現したプランク定数測定の方法
(副題)プランク定数測定のためのワット・バランス法とX線結晶密度法
(本文)
プランク定数は二つの方法で測定できる。一つはワット・バランス法である。キッブルバランス法と呼ばれ、もう一つはX線結晶密度法である。日本の産業技術総合研究所は、40年ほどまえにX線結晶密度法を用いたプランク定数の精密測定に着手した。
この方法では、シリコン単結晶の密度、モル質量、格子定数を測定し、シリコン単結晶に含まれる原子を数えてアボガドロ定数を測定する。プランク定数とアボガドロ定数の間には厳密な関係式が成り立ち、アボガドロ定数の測定値から、ほぼ同じ精度でプランク定数を算出できる。
自然界のシリコンには3種類の安定同位体(28Si、29Si、30Si)が存在する。モル質量を決めるには同位体存在比を測定する必要がある。これがボトルネックとなりプランク定数の測定精度は3×10-7が限界であった。
産業技術総合研究所は、国際研究協力「アボガドロ国際プロジェクト」に参画し、28Siだけを99.99 %まで濃縮した28Si単結晶を製作した。2011年には、この28Si単結晶を用い、プランク定数を当時の世界最高精度3 × 10-8(1億分の3)で測定している(産総研 主な研究成果 2012年2月27日)。
この測定精度は国際キログラム原器の長期安定性を凌ぐものであったが、米国標準技術研究所(NIST)がワット・バランス法で決定したプランク定数とは一致しなかった。このため、2011年の第24回国際度量衡総会では、プランク定数に基づく新たな定義に将来的に移行する方針が決議されたのみであり、定義改定には至らなかった。
産業技術総合研究所は、その後に次のような研究成果をあげる。それが第26回国際度量衡総会でのキログラム定義を改定につながった。
ここでのプランク定数の測定には、アボガドロ国際プロジェクトで制作した28Si単結晶から研磨された球体を用いられている。
球体の質量と直径はそれぞれ約1 kgと約94 mmであり、その質量と体積を精密に測定し、密度を決定。体積測定には産総研で開発したレーザー干渉計を用いた。約2000方位から球体の直径を測定し、2×10-8の精度で球体体積を決定している。
直径の測定精度は0.6nmであり、ほぼ原子間距離(格子定数)に相当する。この世界最高レベルの精度での直径測定は、産業技術総合研究所が開発したレーザー波長の精密制御技術と、球体温度の精密計測技術(精度6/10000 ℃)によって実現している。シリコン球体の質量は、超高精度な質量比較が可能な真空天びんを用いて、質量の国家計量標準である日本国キログラム原器と比較して測定した。
シリコン球体表面は、酸化膜などからなる厚さ数nmの表面層におおわれている。シリコン原子を数えてプランク定数を決定するには、シリコン原子だけからなる部分(シリコンコア)の質量と体積を決定するために、新たに開発したX線光電子分光法と分光エリプソメトリーによる球体表面分析システムを用いている。いずれの装置もシリコン球体の回転機構を備え、球体の全表面を分析できる。
このシステムにより球体表面層の組成を決定し、さらに球体表面層の厚さを0.1 nmの精度で測定している。シリコン球体の質量と体積の測定値をこの表面層分析結果で補正し、シリコンコアの質量と体積を決定したものである。
測定したシリコンコアの質量と体積を、アボガドロ国際プロジェクトによって過去に測定されている格子定数とモル質量と組み合わせて、2.4×10-8(1億分の2.4)の世界最高レベルの精度でプランク定数を決定した。この精度は、1 kgに換算すると24 µgであり、国際キログラム原器の質量安定性である50 µgを凌ぐ。
2017年7月1日までに世界各国のNMIによって決定されたプランク定数の値は、以前にアボガドロ国際プロジェクトで測定した値(IAC-2011、IAC-2015、IAC-2017)と良く一致した。また、NIST、カナダ国立研究機構(NRC)、フランス国立計量研究所(LNE)がキッブルバランス法によって測定した値(NIST(米)-2015、NIST(米)-2017、NRC(カナダ)-2017、LNE(仏)-2017)とも良く一致した。
科学技術データ委員会(CODATA)は、これら8つの高精度な測定値に基づいてプランク定数の調整値(CODATA-2017 、6.626 070 150(69) ×10-34 J s)を決定した(括弧内の数値は最後の桁の標準不確かさを表す)。CODATA-2017の精度は1.0×10-8(1億分の1)である。この精度は、1 kgに換算すると10 µgであり、国際キログラム原器の質量安定性である50 µgを大きく凌ぐ。
上のような研究成果が「質量の単位キログラムがキログラム原器の質量」から解き放たれて、物理定数によって定義されることにつながった。
2018年11月13日~16日フランス共和国のベルサイユ国際会議場において開かれた第26回国際度量衡総会で、質量の単位キログラムは国際キログラムの質量として定義されていたものが「キログラムの大きさは、プランク定数hの値を正確に6.626 070 15×10-34 J sと定めることによって設定される」と変更された。CODATA-2017の不確かさをゼロとする定義値に基づく新しいキログラムの定義への移行がそれである。新定義は2019日5月20日から適用される。
新定義が決まったことによって旧来のキログラム原器は役割を全うした。新しい方式ではこののち定義を改定しないままで、より精密なキログラムの実現に道を開いた。
2011年に開かれた第24回国際度量衡総会では、将来、国際キログラム原器を廃止し、以下のようにキログラムの定義を改定する方針が決議されていた。
「キログラムの大きさは、プランク定数の値を正確に6.626 07XX×10-34 J sと定めることによって設定される」
プランク定数の測定に関係する技術とその方法など
1、ワット・バランス法(キッブルバランス法)
分銅に作用する重力と釣り合う電磁力の大きさを、電圧と電気抵抗の測定から求める方法。電圧と電気抵抗の測定は、それぞれ、ジョセフソン効果と量子ホール効果によってプランク定数に関連づけられる。
このため、分銅の質量を測定することで、現行のキログラムの定義に基づいてプランク定数を決定できる。1975年にイギリス国立物理学研究所(NPL)のBryan Kibble博士によって提案され、現在ではNIST、NRC、BIPMなどで開発が進んでいる。
以前はワットバランス法と呼ばれていたが、2016年のBryan Kibble博士の死去後、これまでの功績をたたえ、キッブルバランス法への名称変更が進んでいる。
ジョセフソン効果とは、厚さ2 nm程度の絶縁膜を挟んだ2つの超伝導体の間(トンネル接合)を超伝導電子対のトンネル効果によってトンネル電流が流れる現象。トンネル接合された素子(ジョセフソン素子)にマイクロ波を照射すると電流-電圧特性に不連続なステップが誘起される。この効果は電圧の標準を設定するために用いられている。
量子ホール効果とは、強磁場下の二次元電子系において、電気抵抗が(h/e2)/n (n は整数)となる現象。この効果は電気抵抗の標準を設定するために用いられている。
h:プランク定数
e:電荷素量
2、X線結晶密度法
アボガドロ定数をシリコン結晶の密度ρ、格子定数a、モル質量Mの測定から決定する方法。シリコン結晶の単位胞には8個の原子が存在するため、アボガドロ定数NAはNA= 8M/(ρ a3)として求められる。
3、モル質量
物質1モルあたりの質量を表す物理量。自然界に存在するシリコンには3種類の安定同位体28Si、29Si、30Siがあるので、その存在比を測定すればシリコンのモル質量が求められる。
4、格子定数
結晶の最小単位である単位胞の寸法を表す数値のこと。シリコン結晶の格子定数は温度20 ℃、圧力0 Paにおいて約543 pm(ピコメートル、1兆分の1メートルを表す)である。
5、アボガドロ定数
物質1 molに含まれる構成要素(原子や分子)の数。科学技術データ委員会によって2014年に決定された推奨値は6.022 140 857(74)×1023 mol-1である(括弧内の数値は最後の桁の標準不確かさを表す)。
プランク定数hとアボガドロ定数NAとの関係はNA=cMeα2/(2R∞h)で与えられる。CODATAによって2014年に決定された基礎物理定数群(cMeα2/(2R∞))の精度は4.5×10-10であり、hとNAの測定精度と比較して十分小さい。
このため、いずれか一方を測定すれば、ほぼ同じ精度でもう一方を算出できる。
c:真空中の光速度
Me:電子のモル質量
α:微細構造定数
R∞:リュードベリ定数
6、同位体
同じ原子番号をもつ元素(原子核の陽子数が同じ)の原子において、原子核の中性子数(つまりその原子の質量数)が異なる原子を互いに同位体であるという。
7、アボガドロ国際プロジェクト
2004年から開始された、28Siだけを濃縮したシリコン単結晶からアボガドロ定数を高精度に決定するための国際プロジェクト。
産総研のほかに、BIPM、イタリア計量研究所、オーストラリア計量研究所、NPL、NIST、ドイツ物理工学研究所(PTB)、欧州委員会標準物質計測研究所(IRMM)が参加した。
8、真空天びん
真空中での質量差測定が可能な天びん。試料におよぼす空気浮力の影響を受けることなく、質量差を測定できる。
9、日本国キログラム原器
わが国の質量の国家計量標準であり、国際キログラム原器と同じ寸法・同じ材質で作られた分銅。約30年ごとに国際度量衡局に輸送され、国際キログラム原器と比較することでその質量が決定される。
キログラムの定義改定とプランク定数測定の方法
2018-12-12-vol-2-method-of-revising-the-definition-of-kilogram-and-measuring-planck-constant-
【参考】日本計量新報論説ほか
第26回国際度量衡総会でキログラムほかSIの基本4単位の定義を改定
(副題)「キログラムの大きさは、プランク定数hの値を正確に6.626 070 15×10-34 J sと定めることによって設定される」
キログラムの定義改定を実現したプランク定数測定の方法
(副題)プランク定数測定のためのワット・バランス法とX線結晶密度法
国際単位系(SI )と7つの基本単位の正体
副題(質量だけは国際キログラム原器で定義され130年ほど使われてきた)
プランク定数で規定された質量標準はシリコン球の質量計測で実現される
副題(地球を10mの凹凸に見立てられる真円度のシリコン球は物質量を体現)
質量と重量の違い及び質量の単位キログラムの定義変更
2018年11月16日開催の国際度量衡総会で質量の単位キログラム(kg)を定義変更
【質量と重さ(重量)の区別】
質量と重さ(重量)を混用してはならない(執筆 岩田重雄 元日本計量士学会会長)
気になる計量の言葉づかい「足せるものと足せないものがある」
【資料 質量の単位キログラムの定義および新定義に関係する諸事項】
質量の単位であるキログラム(kg)の定義変更と関連する諸事項
2018-11-16-various-matters-related-to-the-definition-change-of-kilogram-which-is-unit-mass-measurement-news-site-
国際度量衡総会のキログラムの定義変更と産業技術総合研究所の発表資料など
2018-11-17-announcement-materials-national-institute-advanced-industrial-science-and-technology-change-definition-kg-
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質量の単位であるキログラム(kg)の定義変更と関連する諸事項
2018-11-16-various-matters-related-to-the-definition-change-of-kilogram-which-is-unit-mass-measurement-news-site-
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質量の単位であるキログラム(kg)の定義変更と関連する諸事項
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