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計測トレーサビリティ物語(1)
-新 トレーサビリティのすすめ-
計量、測定、計測などの言葉があり、それぞれ歴史的経緯があって使われてきた。これらの言葉を和語で表現すると「はかる」である。ここで述べる「トレーサビリティのすすめ」は、計測のということである。「はかる」ことに関連した精密さの連鎖と「はかる」ことの初期の目的達成こそが説明の主題である。はじめに確認しておくべきことは計量法は取引と証明とにかかる計量に対して法規定に従って実施することを強制しているのに対して、計測トレーサビリティの基本は自主性あるいは自主的である性質をもつ。しかし近年ではISO9000がらみのトレーサビリティ審査においてはJCSS校正証明書を求めることが多く、何時しか強制の色を帯びるようになった。
Measurement traceability story.

計測トレーサビリティ物語-新 トレーサビリティのすすめ-(1)
(計量計測データバンク編集部)

計測トレーサビリティ物語-新 トレーサビリティのすすめ-(1) 計量計測データバンク編集部

計測トレーサビリティ物語-新 トレーサビリティのすすめ-(1) 計量計測データバンク編集部

(大見出し)

計測トレーサビリティ物語(1)
-新 トレーサビリティのすすめ-


[写真]株式会社東亜計器製作所のJCSS認定書

(リード)
 計量、測定、計測などの言葉があり、それぞれ歴史的経緯があって使われてきた。これらの言葉を和語で表現すると「はかる」である。ここで述べる「トレーサビリティのすすめ」は、計測のということである。「はかる」ことに関連した精密さの連鎖と「はかる」ことの初期の目的達成こそが説明の主題である。はじめに確認しておくべきことは計量法は取引と証明とにかかる計量に対して法規定に従って実施することを強制しているのに対して、計測トレーサビリティの基本は自主性あるいは自主的である性質をもつ。しかし近年ではISO9000がらみのトレーサビリティ審査においてはJCSS校正証明書を求めることが多く、何時しか強制の色を帯びるようになった。


(小見出し)
電気測定法と計量法への統合

(本文)

 法律名として計量は昭和26年6月7日成立の法律第207号、計量法として使われた。測定は明治43年3月26日法律第26号が電気測定法として使った。電気測定法は昭和41年7月1日法律第112号、計量法の一部を改正する法律、すなわち計量法の成立にもとなって廃止された。ここに計量、測定、計測の言葉は計量という言葉にまとめられた計量として取り扱われ、計量する器具機械する装置を計量器とした。計量器のうち取引と証明にかかり検定対象とするものを特定計量器として規定した。測定器が計量器として法律名を変更されたことに不満をもつ者がいた。用語の用い方は現在なお統一的な一致をみていない。前に述べた計量と測定に関連して法律名の変遷を取り扱った。

(小見出し)
「トレサビリティのすすめ」の頭に計測の名が付く訳は

(本文)
 ここでは表題を「計測トレーサビリティ物語」とし、副題を「新トレサビリティのすすめ」とした。「トレサビリティのすすめ」は日本計量新報社がこの名で1970年代に出版していて、計測トレーサビリティの啓発に尽力した。

BSE(狂牛病)が、1986年英国で初めて確認されたたことに端を発して食肉あるいはの産物などの生産の由来を確認する動きに生れ、この追跡システムに対して「トレーサビリティ」の名称が用いられた。このことによって「計測トレーサビリティ」はそれまで使っていた「トレーサビリティ」の名前の頭に「計測」の文字を入れなくてはならなくなった。

(小見出し)
トレーサビリティとはトレス(追跡)とアビリテキ(できること)の組合せ語

(本文)

 日本語表記「トレーサビリティー」、英語表記「traceability」に対し、精選版 日本国語大辞典は直訳的に解説する。トレーサビリティとは 名詞で英語表記traceability。trace(追跡)とability (できること)を組み合わせた語、とする。

 デジタル大辞泉は、トレーサビリティー(traceability)すなわち「跡をたどることができることの意」、とする。英語のtraceabilityは動詞のtrace(跡を辿る)に接尾辞-ability(可能である)が付いた形容詞である。日本語では「追跡可能性」という訳語が用いられる場合も少なくないが、単に追跡できるかどうかに留まらず、追跡のための履歴の記録や管理体制までを包括した表現として用いるためにも、英語をそのままカタカナ表記にした「トレーサビリティ」という言い方が用いられることが多い。デジタル大辞泉は生産と流通履歴の説明を加えている。このことは多くのデジタル辞書に共通しているために、トレーサビリティー(traceability)の理解が計測トレーサビリティではなしに、農産物などの生産と流通経路の側面に偏りがちである。

(小見出し)
『トレサビリティのすすめ』の書き手には予想外のこと

(本文)
 日本計量新報社刊行の『トレサビリティのすすめ』の主な書き手は高田誠二氏であり、また多賀谷宏氏であった。両氏は日本の産業計測標準の在り方をめぐって活躍した工業技術院計量研究所の職員であった。その活動の記録を『トレサビリティのすすめ』として後世に残した。この両氏も「トレーサビリティ」とは計測標準に関係するものだと減退していて、その後にでてきたBSE(狂牛病)がらみの分野で世の中に「トレーサビリティ」の名が広がることは想像しなかったことであろう。

(小見出し)
計測トレーサビリティに関連付けた計量法の検定の位置付け

(本文)

 何度も説明することになるであろうこととして「計測トレーサビリティ」と計量法の規定による特定計量器の検定あるいは検査との関係付けのことがある。

 計量計測のトレーサビリティとしてSO/IEC Guide 99:2007 (VIM: 国際計量計測用語-基本及び一般概念並びに関連用語)が次のように定義を表記する。「計量計測トレーサビリティ」とは、「個々の校正が測定不確かさに寄与する、文書化された切れ目のない校正の連鎖を通して、測定結果を計量参照に関連付けることができる測定結果の性質。」

 VIM(国際計量基本用語集)は、計測のトレーサビリティの定義的規定として次のように述べる。「不確かさがすべて評価された切れ目のない比較の連鎖によって、決められた基準に結び付けられ得る測定結果又は標準の値の性質、基準は通常、国家標準又は国際標準である。」

 二つの定義に当てはめると計量法における計量器の検定や検査なども広い意味では計測のトレーサビリティに含まれる。計量法の検定検査制度のもとでのそれは取引と証明との二つの分野で用いられる特定計量器として定めれたものに限定される。取引と証明とから外れた計量器は特定計量器であっても検定あるいは検査の義務を負わない。計量法はこのような組み立てになっている。

(小見出し)
お茶屋さんで使うべきハカリ

(本文)
 ある分野に立ち入てみよう。お茶屋さんでお茶を質量で計り売りする行為は「取引」に該当する。お茶の質量を計るハカリ(質量計)は取引だから、検定に合格したものでなければならない。検定証印が付されていて、あるいはそのうえで定期検査合格の証印が付されたハカリ(質量計)が用いられなければならない。

 ところがこの計量に家庭用ハカリの証明書が付された質量計を使っている事例が少なくない。この家庭用ハカリの証明書は検定証印ではない。家庭用ハカリとしての基準を満たしてはいても検定に合格したハカリではないから、お茶屋さんではこの使ってお茶を計って(質量測定)売る行為は計量法違反に該当する。難しく言い回ししたがお茶屋さんがお店でお茶を計って売るために適したハカリはそれとして用意されているから、そうしたハカリを選んで店で使うようにすること。ハカリが欲しいからとホームセンターに出かけると、目に付く場所にあって安いので家庭用の料理用のハカリを買ってしまう。ハカリの製造と流通と使用に関係して計量法が求める事柄との間に不都合が生じている事例である。

 志賀直哉が『小僧の神様』は、1920年(大正9年)に雑誌「白樺」1月号に発表された短編小説である。このなかで小僧にとって神様にあたる人が自分の子どもの体重を計るためにしっかりした造りのハカリを買ったのであるが、この時には購入者の住所氏名をハカリ屋が用意した書面に記入する決まりになっていた。

(小見出し)
計量法上の計量は大きな括りでは計測のトレーサビリティ

(本文)
 先に取り上げた計測トレーサビリティの定義にしたがえば、計量法における計量取引と計量の証明は大きな括りとしては計測のトレーサビリティである。計量法における基準や標準の供給の仕組みは、実際の計量取引と計量の証明の精密さと辻褄が合う、いわば緩いめの内容となっている。

(小見出し)
計量法と電気測定法の変遷

(本文)
 計量に関係する法律として計量法があり、電気測定法(成立は明治43年2月24日)があった。計量法は度量衡法が名を変えたものであるある。度量衡法は明治24年3月24日法律第3号として成立した。そのまえにできたのが度量衡取締条例であり、明治8年8月5日太政官第135号達であった。度量衡取締条例は近代日本最初の度量衡法規である。明治24年(1891年)成立のの度量衡法制定によって、従来の枡座や秤座は廃止された廃止された。

 昭和41年7月1日法律第112号、計量法の一部を改正する法律が成立した。この法律の大きな特徴は法規制の大幅な緩和であった。この法改正のときに電気測定法は廃止され計量法に包括された。

(小見出し)
はたしてモノサシは確かなのか

(本文)
 はたしてこの計測器は確かなのか、その計測の確かさをどのようにすれば確認できるのか、ある場面でこんな疑問をいだくことがある。センチメートル刻みのモノサシをインチや尺相当目盛りのモノサシと勘違いして寸法をだしていることだってある。インチや尺相当やセンチメートルは基準となる長さが違い、その倍数としてモノサシの目盛りが刻まれている。元となる寸法が違うのだから倍数としての目盛りも違う。インチ、尺、メートルという言葉がでたついでに単位の統一としてのメートル法ならびに国際単位系(SI)の大事さをチラリとだけ触れておく。

 センチメートルの規格によるモノサシだとしても、その元となるセンチメートルの基準の取り方が何かの原因によって間違っていれば、その倍数として刻まれた目盛りは違った数値となる。この事例は特別なことだとしても計測に当たってはこうした疑問を何時でももっていたってよい。

(小見出し)
新計量法とモノサシの検定制度が廃止

(本文)
 モノサシ(物差し)は古い昔はすべて検定が実施されていて検定証印が刻印されていた。そのごに検定は取引証明に係る計量に限定され任意となり、さらに時が下り新計量法が制定されるときにモノサシの検定制度が廃止された。モノサシの検定は竹製のもの、金属製の直尺、あるいは金属製の曲がり尺(曲尺)でも実施されていた。金属製のモノサシの産地は新潟県の三条市などであり、計量法の改正構想でモノサシが検定対象機種から除外されることになったのに伴なって同市の物差しメーカーから通産省の計量課の担当者が聞き取り調査を行った。幾つかの製造事業者の現場を見て、話を聞いて、現地事業者の団体と懇談をしたのであった。

 このときに従業員二名か三名の事業者からは金属製の曲尺、物差しは検定があり、検定証印が付されることで信用され、自分たちのモノサシが売れるのだという話がされた。造っている曲尺を大きく曲げて見せて、自分のところでなくてはこのようには曲がらないし、これを重宝だということで大工に買ってもらっているのだと述べた。三条市には家内工業のようなこのような製造事業者が50社を数えるほどあった。物差しを検定から除外する法改正後には大手企業を除いては廃業を余儀なくされた。

 この法改正のころの金属製の物差し、あるいは曲尺を製造する方法は手刻みから写真製版による投射方式に替わっていて、この方式で大量生産されるようになっていた。そこで実現される目盛りの正確さは、製造工程の上でも、製造企業の信用性の上でも十分に確保されたいたのであった。

(小見出し)
鹿児島県と小田原市のモノサシ製造会社

(本文)
 九州の鹿児島県の竹製のモノサシを製造する工場では櫛状のひっかき金具で目盛りを刻んでいた。ひっかき金具の目盛りがしっかりしていれば物差しの目盛りは確かなものになる。この竹製のモノサシの大半は検定証印付きの製品として至上に出されていた。この工場を通産省計量課の技術系の課長補佐が工場見学した。昭和がまだ終わらない1970年を少し過ぎたころである。新潟県計量検定所はモノサシ検定業務がなくなるのに伴なって体制を縮小することになった。

 神奈川県の小田原市は竹製のモノサシの産地であった。同地には昭和の終わるころには何社かの製造会社があって、ここで造られたモノサシを神奈川県計量検定所の小田原支所の職員が検定していた。検定業務は女性職員によってなされていてた。独立の庁舎としての小田原支所で数名の職員が検定業務に従事していたのだからにぎやかでであった。モノサシの検定が廃止されるのにともなって神奈川県計量検定所の小田原支所は閉鎖された。同地における竹製のモノサシ製造事業者のある者は前後して事業転換し、ある者はモノサシ製造業を閉じた。

 計量法の検定から金属製のモノサシ、竹製のモノサシが除外されるのに伴なって起こった現象を述べた。写真製版技術の応用としての転写方式などのモノサシ製造が広がるのと並行して検定がなくなると、竹製の直尺つまりモノサシはプラスチック製のモノサシに変わった。

(小見出し)
検定とは比較検査である
(誰が誰のために誰によって)


(本文)
 計測の多くは比較する行為である。モノサシの検定は基準のモノサシと比較する行為である。基準のモノサシと検定されるモノサシがある範囲に収まっていることで検定合格となる。ここでの検定とは計量法の規定によって特定計量器に指定された計量器に対して役所である計量検定所などが実施する比較検査である。受検の対象者は建前は使用者側であり、使用者側の代理として製造事業者が受検する。つまり計量の役所つまり計量行政機関が計量器の使用者に対して実施する技術的には比較検査としての検定行為である。

(小見出し)
計量法による検定は技術としては比較検査

(本文)
 計量法の規定に基づく計量器の検定は、技術としては計量行政機関による使用者の保有する計量器の性能の確認としての比較検査である。

 この検定検査制度は社会の計量の安全、すなわち適正な計量の実施の確保を目的として敷かれている制度である。国の標準は国際標準に通じており、その標準をもとに基準器が設定されて、基準器と検定対象である特定計量器と比較検査をすることが検定である。基準器とは計量法の規定に基づいて供給と使用する者が限定されている。

 計測の確かさを社会として確保する方法として計量法の検定検査制度がその主なものとして担ってきた。計量行政機関による計測器の依頼試験などもその一環として実施されてはいる。

(小見出し)
国家標準と連携した標準供給のシステムとしてのJCSS制度

(本文)
 計量器の一般の事業所あるいは使用者における計量標準は、計量法の規定による基準器とは別のものを使うことになる。国家標準と精密さが連携した標準の体系が確保された標準体形としての計量法トレーサビリティ制度による標準供給のシステムを利用する。それが計量法のもとでの計量法JCSS制度である。計量法JCSS制度という言い方をするとこの計量法JCSSトレーサビリティ制度が計量法と直結したように思えるがそうではなく、計量法の規定はJCSS認定事業者を認定する機関として製品評価技術基盤機構認定センターを指定して、ここを元にして公的な標準供給の体形を確立している。

(小見出し)
計測トレーサビリティはJCSS認定事業者による校正サービス事業と連携

(本文)

 現在では計測標準の体系、つまり計測トレーサビリティは、計量法JCSS制度にもとづくJCSS認定事業者による校正サービス事業と結びついて成立している。とはいってもこの制度に盛り込まれないない計測と計測標準分野があり、そこでは国家標準に準拠した計測標準に流れに従って校正サービスがなされている。また計量法JCSS制度に組み込まれている標準に関係しても、JCSS制度のもとでの厳格な校正サービスだけが行われているのではない。使っている計測器にちょっと不安がある、簡単な方法で確かめたいという技術的要求に対しては別な方法も採られる。

(小見出し)
ISO9000の規定が要求する計量法JCSS(校正サービス)

(本文)
 ISO9000などが規定する計測標準への要求を満足する一般的方法として計量法JCSS制度が利用されるようになった。この場合でもノギスやモノサシなどの現場計測器についてもJCSS認定事業者による校正サービスを要求するものではない。

 無知で愚かなISO9000にかかる審査員はどの計測器、あるいはどの計測分野までもそれを求める傾向があるために事業所によっては、しなくてもよい計測器にもJCSS校正証明書を付けている。国家標準との公正で適正な辻褄の確保をして、必要な度合いの精密さで計測を実現することが本来のことである。過度なJCSS校正証明書への依存は計測本来の姿から遠ざかる行為である。

(小見出し)
計測器を比較する技術的行為は同じでも対象が違えば

(本文)
 計量法のもとでの基準器検査とその対象となるのは検定検査にかかわることであり、基準器の供給は基準器供給の元締めの役所から検定実施の主体となる役所、検定の代行をする指定されたものなどに限られる。

 計測の標準が確かな形で広く社会の隅々まで行き届き、計測標準と連携した精密さで計測が実施されることを目指してつくられたのが計量法トレーサビリティ制度である。こちらは指定された民間法人から、一般の民間法人、あるいは計量法の検定検査に関わらない役所などへの計測器あるいは計測標準の校正サービスとして実施される。

(小見出し)
計量法による基準器の供給は役所から役所へのもの

(本文)
 誰から誰にということでJCSS校正サービスは民間法人としての認定事業者から民間法人ほかへ。計量法の検定検査にかかわる基準器の供給は国の標準供給機関から検定検査の実施にかかる役所ならびに検定検査を代行する者に限られる。計量法による基準器の供給は役所から役所へのものである。

 一般社団法人も一般財団法人も広くは民間法人に区分される。公益社団法人と公益財団法人は公益性の高い事業を行うことを自ら規定している民間法人であり、社会的信用を重んじており、一部において税制状の有利な面がある。JCSS校正サービスの認定事業者には公益性が高い団体も含まれているものの制度上の取り扱いは変わらない。JCSS校正サービスは民間事業者である認定事業者から、計測器の使用者である民間事業者へのサービス業務である。

(小見出し)
同じ比較検査であっても供給対象によって名称が変わる

(本文)

 国の計量標準機関による基準器検査もJCSS認定事業者による校正業務も、計測技術としては比較検査でありながら、その供給対象となるもの、そして目的が異なることによって、計測行為の呼び方あるいは名称がが変わる。一方は基準器検査であり、もう一方はJCSS校正サービスである。基準器検査は役所から役所への計量法による検定・検査に係るものである。JCSS校正サービスは、計測標準にかかる民間の認定事業者から、民間一般事業者への校正サービスである。

 古い昔は計量器の基準器が民間の一般事業者に入手される状況が垣間見られた。計量法JCSS制度がつくられ普及した現在においては、とくにISO9000シリーズが求める計測標準とそのトレーサビリティにおいてはJCSS認定事業者の校正サービス証書が必要とされるようになった。

(中見出し)
計測のトレーサビリティと「あるドイツの小話」

(本文)

 
あるドイツの小話。

 農家の老婆がパン屋の主人に訴えられて、役人の取り調べを受けた。

 訴えによると、老婆が一キログラムと称して毎日パン屋に届けるバターの目方は、実に八五〇グラムほどしかないのだそうである。

 そこで役人がたずねてみると、老婆は立派な天びんを使ってバターの目方をはかっているのだが、困ったことに、孫が分銅をおもちゃにして見失ってしまった。

 「けれども」と老婆は自信を持って答えた。

 「私はパン屋で黒パン一キログラムを買い、それを天びんの片方のさらにのせ、それと釣り合うだけのバターをもうひとつのさらにのせて、パン屋に届けております。自分の方が違っているはずはございません」と。

 目方をごまかしたのは、実はパン屋のほうだったのである。
(一九七三年計量研究所第六回学術講演会「国際単位系しくみと実際」からの引用)

(小見出し)
ドイツの小話の解説
「コンパティブルだがトレーサビリィ不足だった質量測定の一例」


(本文)
 バター一キログラム(一〇〇〇円)=パン1キログラム(一〇〇〇円)という等価式のもと、バター八五グラム(八五〇円)=パン八五〇グラム(八五〇円)という交換が行なわれていたので、農家の老婆とパン屋の主人の間には損得関係は発生しない。

 この等価式に鶏肉一キログラム(鶏肉屋)とジャム1キログラム(ジャム屋)が加わって、鶏肉屋がバター八五〇グラム=鶏肉一〇〇〇グラム=パン八五〇グラム=ジャム一〇〇〇グラム、の取引が行なわれ一巡したとする。取引はお金の物との交換だから、それぞれの手元に残るお金は一〇〇〇円であり、手にした実際価値は農家の老婆一〇〇〇円、鶏肉屋八五〇円、パン屋の主人一〇〇〇円、ジャム屋八五〇円となる。農家の老婆とパン屋間だけの取引の間は損得の不都合は発生しないが、これが社会に連関するとその行為は不当を持つことになる。

 定められた基準と比較することが計量であるから、比較器である老婆の天びんがいくら立派でも、誤った「基準」と比較していたのではその比較が正しくても、その比較は社会的にはつじつまが合わない。

 登場人物のうち悪いことをしてやろうという意識を持っていたのはパン屋の主人だが、正当な行為と思って行なった農家の老婆の行為は結果としてパン屋の主人の行なったことと変わりない。老婆の「一キログラム」が一キログラムであるためには、社会の一キログラムでなければならないが、この一キログラムを決めるのは国の仕事になる。国と国の間にも一キログラムの間で整合が取れていなくてはならない。老婆とパン屋の主人の間では質量の比較に関しては、確かにつじつまが合っていた(コンパティブルであった)わけだが、ここに幾人かが加わってくるとそれは社会的関係に変じ、途端にコンティブルではなくなる。社会的につじつまの合うコンパティブルな内容の計量を行なおうとすると、国が定めた計量の標準との整合性を確保しなければならないが、このことをトレーサビリティと考えたら分かりやすいだろう。

(中見出し)
計測のトレーサビリティとザンジバル島の時計

(本文)
 ザンジバル島に住んでいる人たちにとっては、時刻を確認する方法は元船長の大砲と時計屋さんの時計しかない。元船長と時計屋さんは常にお互いの時刻に合わせあっているのでこの二つの時刻が互いにずれることは無い。時計屋の時計が指す正午と大砲は毎回ピタリと一致する。時計屋さんは時間を合わせているようで実はそれが正確な時間かどうかはわからない。もし時計屋さんの時計が5分遅れていても、時計屋さんは元船長の時計をその五分遅れの時間に合わせて元船長に渡し、元船長はその時計通りに大砲を撃つので、やはり時計屋さんの時計と同じく五分遅れで鳴る。時計屋さんの時計がずれていても、島の中にいる限りは誰もそれを確認できない。外から人が来る。ザンジバル島外から来た人の時計が正しかったとすると、島の中では良くても外から来た人とは時刻がずれている。島の時計の時刻は外と比べてもちゃんとしていることが大事である。実際には島の時計はずれているのだ。時間の国際標準と時刻、そのトレーサビリティに関する小話である。

(中見出し)
棟梁による差しがね合わせ

(本文)
 大工は昔、家を建てるにあたって棟梁が示す差金に合せたモノサシを使った。ひとつの家を建てるのに基準が同じになっていれば寸法が合う。別の棟梁が別のモノサシでつくった家とは寸法に違いはでるが、それぞれひとつの家としては辻褄があっているので、家は建つ。これは棟梁による差曲ね合わせの結果だ。

 棟梁ごとに使うモノサシの寸法が違っていたのでは寄せ集めた角材の組合わせることができない。現代の家の建築は木材を工場で加工して現場で組み立てる。モノサシの基準を社会として定め、これに皆が倣うことでビルも家も建つ。計測の辻褄、寸法の辻褄、精密さの辻褄を社会として統一して実施しているのが計測のトレーサビリティだ。

(中見出し)
米国の宇宙産業とトレーサビリティの求め

(本文)
 米国の宇宙産業とロケットなどの開発と製造に関して、その部品ほかをどこの工場であちらでつくっても精密さの基準が定められ、必要に応じた精度で造られていれば、集めて組み立ることができる。計測標準のトレーサビリティこの分野での必要から出発した。

 元計量研究所部長で北海道大学教授、北海道大学名誉教授の高田誠二氏は、日本の産業計測標準のトレーサビリティを推進するために、数式を使わない説明として「あるドイツの小話」および「ザンジバル島の大砲と時計」を使った。

 ここには不確かさなどという不確かな言葉は登場しない。不確かさは英語表現における日本語での確かさである。そこに精密さとか誤差要因があどが組み合わされて精密さの序列や関連付けを成立させる。

(小見出し)
計測標準トレーサビリティ制度の先駆け
(1971年4月に始まった産業計測標準委員会)


(本文)
 温度標準分野の仕事で北辰電機、横河電機を通じて高田誠二氏と交流があった小川実吉氏は、計測標準トレーサビリティ制度は、JCSS(計量法校正事業者登録制度)をはじめとして産業界への定着に果たした高田誠二氏の功績を次のように話す。

 計測標準トレーサビリティ制度の先駆けは、1971年4月に始まった産業計測標準委員会といっても過言ではない。そこでも高田先生は多くの分野を横断的に取り纏める重鎮として務められていた。1974年に高田先生の指名を受けて温度標準の分科会に加わり、約2年間委員を務めた。この委員会は、1978年2月に将来への提言をして終息した。ここでの成果は、いくつかの議論が加えられ、1993年11月1日施行の計量法に計量標準供給制度の創設となったと思われる。

(中見出し)
計量法上の計量取引と計量の証明は大きな括りとしては計測のトレーサビリティ

(本文)
 計量法における計量取引と計量の証明は大きな括りとしては計測のトレーサビリティである。計量法における基準や標準の供給の仕組みは、実際の計量取引と計量の証明の精密さと辻褄が合う、いわば緩いめの内容となっている。

 質量標準は計測技術が実現できる最上にして現実的な内容として確立されている。最上級の精密さを実現していないと先端領域の科学や技術が求めに応じることができないからだ。取引と証明に要求される計量法の規定の精密さは、質量における目方による食料品の取引の場合には例えば1円単位かその前後になるように規定されていると考えればよい。金やダイヤモンドなど貴金属の商取引への計量法の関与のことはここでは述べない。

(小見出し)
高田誠二氏の経歴と業績

(本文)
 高田誠二氏(たかだ せいじ、1928年3月24日から2015年)は東京府生まれ。1950年東京大学工学部計測工学科卒業、通商産業省中央度量衡検定所(のち計量研究所)に入り、温度計測や計量の単位の変遷などの研究に従事。1961年「金点における黒体放射の実現」で東京大学より工学博士の学位を取得。1970年『単位の進化』で毎日出版文化賞受賞。同年計量研究所研究企画官、72年第二部長。科学史の探求していて、1980年北海道大学理学部教授、1991年退官、名誉教授。久米美術館参事・研究員など。
 著書『単位の進化 原始単位から原子単位へ』『単位と単位系』『計る・測る・量る そのための七つの知恵』『熱エネルギーのおはなし』『計測の科学的基礎 情報生産論への道』『実験科学の精神』『科学方法論序説 自然への問いかけ働きかけ』『熱をはかる』『情報生産のための技術論』『計測の進歩とハイテク』『プランク』『維新の科学精神-『米欧回覧実記』の見た産業技術』『測れるもの測れないもの』『図解雑学 単位のしくみ』『「単位」がわかる』『久米邦武 史学の眼鏡で浮世の景を』『単位のカタログ 国際単位系に親しむ』(大井みさほ共著) 『「米欧回覧実記」の学際的研究』(田中彰共編著) ほか。

(中見出し)
計量法の計量についての定義とJISのトレーサビリティの定義

(本文)
 「物象状態の量を計ること」を計量法では計量と定義している。

 物象の状態の量をはかることは、その量の定められた基準と比較し、比較値を数値で表すことによって実現する。比較値の最後に単位記号を付けることによって、その比較値が長さ、質量、時間、電流、温度、物質量、光度等を表する。

 計ることに関する用語には「計測」「計量」「測定」などがあり、この用語はJISの計測用語で意味を規定しているが、この規定は必ずしも社会一般のその言葉に対する認識と符合しない。

 「トレーサビリティ」という用語は計量の仕事に従事する人々の間では普及しているが、その理解内容ということになると必ずしも共通の認識にはなってない。

(小見出し)
JISの計測用語のトレーサビリティの規定

(本文)
 JISの計測用語はトレーサビリティを「標準器又は計測器が、より高位の標準によって次々と校正、国家標準につながる経路が確立されていること」と規定している。

 一九七〇年代のトレーサビリティの普及運動では、上位の標準の経路の明確化は当然として、同位の標準の横のつながりのつじつま、つまりコンパティブルな関係の確認に対しての意識が大きく働いていた。そこには上位の標準が尊くかつ偉くて、下位の標準は卑しいという意識はなく、標準のそれぞれに必要な働き場があり、その意味で労働に貴賤がないのと同じに、標準にも貴賤はないという哲学が働いていた。

 産業計測標準の本来の姿は必要な標準が権力や神秘性の衣をまとうことなく、必要な場所にいつでも置かれ、それが頻繁に手軽に使われ、かつ手軽に頻繁に上位の標準と比較(校正)できることである。生産現場には権力や神秘性など無用で、必要なのはツールとしての実用性である。

(中見出し)
計量トレーサビリティー制度(JCSS)の概要
「計量標準供給制度」と「校正事業者登録制度」の2本柱


(本文)
 JCSSは、「計量標準供給制度」と「校正事業者登録制度」の2本柱構成され、後者についてはNITE(製品評価技術基盤機構)が1993年(平成5年)11月から校正事業者認定制度として運営されている。2005年(平成17年)7月1日からは、制度変更により校正事業者登録制度となっている。

(小見出し)
校正事業者登録制度は校正事業者を対象とした任意の制度

(本文)
 計量法関係法規およびISO/IEC 17025の要求事項に適合しているかどうか等、が登録基準。現在公表されている25の登録区分毎に登録される。校正事業者登録制度は校正事業者を対象とした任意の制度である。

(小見出し)
NITEが審査・登録

(本文)
 NITEが事業所からの申請に基づき、その事業者の品質システムが適切に運営されているか、校正方法、不確かさの見積もり、設備などが校正を実施する上で適切であるかどうか、などの観点より登録審査する。

(中見出し)
ワン・ストップ・テスティングの実現

(本文)
 JCSSは1999年12月にAPLAC(アジア太平洋試験所認定協力機構)、2000年11月にILAC(国際試験所認定協力機構)の相互承認(MRA)への参加の署名をした。これらの国際MRAに加盟したことにより、JCSSは一度の校正でILACで相互承認しているどこの国でも受入れられる(One-Stop-Testing)。国際MRA対応を希望するJCSS登録事業者は、別の任意な契約を締結したうえで、ILAC MRA付きJCSS認定シンボルの入った校正証明書を発行することができる。

 国際MRA対応認定事業者に対しては、登録のための審査に加え、国際MRA対応状況を確認するための定期検査が実施される。JCSS標章やJCSS認定シンボル付き校正証明書は、そのマークによって日本の国家計量標準へのトレーサビリティが確保され、かつ校正事業者の技術能力のあることが一目でわかるというメリットがある。

(中見出し)
計量トレーサビリティー制度(JCSS)の概要

(本文)
 JCSS校正サービスとその需要についてみる。計測管理に関わる国際規格ISO9001-2015、自動車関係規格IATF16949など、さまざまな規格の改正や新規格などで、計量計測に関する規定が強化され、JCSS校正サービスへの需要が高まった

(小見出し)
2018年11月現在のJCSSの現状(NITEによる資料)

(本文)
 2018年11月現在、NITE認定センターの運営する「校正事業者登録制度」におけるJCSS登録事業者数は約260、JCSS校正証明書発行数は年間約53万枚となっている。

 登録区分(2018年11月現在)
 JCSSは、登録事業者の登録の区分として、以下の25区分が定められている。
1. 長さ
2. 質量
3. 時間・周波数及び回転速度
4. 温度
5. 光
6. 角度
7. 体積
8. 速さ
9. 流量・流速
10. 振動加速度
11. 電気(直流・低周波)
12. 電気(高周波)及び電磁界
13. 密度・屈折率
14. 力
15. トルク
16. 圧力
17. 粘度
18. 熱量
19. 熱伝導率
20. 音響・超音波
21. 濃度
22. 放射線・放射能・中性子
23. 硬さ
24. 衝撃値
25. 湿度

(小見出し)
計量標準供給制度(NITEによる説明)

 JCSSの対象となる校正の源である国家計量標準(一次標準: 特定標準器等または特定標準物質)は、計量法に従い、産業界のニーズや計量標準供給体制の整備状況等に基づき経済産業大臣が指定している。

 国立研究開発法人産業技術総合研究所、日本電気計器検定所、経済産業大臣が指定した指定校正機関は、指定された特定標準器等、特定標準物質を用い、登録事業者に対し計量標準の供給(校正等)を実施する。

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