官僚制度と計量の世界(4)
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官僚制度と計量の世界(4) 執筆 夏森龍之介
(見出し)
官僚制度と計量の世界(4) 執筆 夏森龍之介
(本文)
ロンドンの社交場 コーヒーハウスに出かければ科学の新しい知識が得られた
学者ニュートンを刺激したロンドンのコーヒーハウス
18世紀イスタンブルのカフヴェハーネ。16世紀半ば、オスマン帝国(トルコ)の首都イスタンブールに世界で初めてコーヒーを提供する店が開業した。「コーヒーの家」と呼ばれ喫茶店と社交場を兼ねていた。ヨーロッパにコーヒーハウスが登場したのはイスラム世界との交通の要所であったヴェネツィアに17世紀半のことであった。オックスフォード、ロンドンにコーヒーハウスが生れたのは1650年であり清教徒革命期である。オックスフォードに1654年に開業したクイーンズ・レイン・コーヒー・ハウスが現在も営業をしている。
18世紀のロンドンのコーヒーハウス。16世紀ごろからヨーロッパにも知られるようになった。ロンドンのコーヒーハウスは1683年に三千店、1714年に八千店になっていた。植民地から集まる情報の交換と情報の発信の場となり、またコーヒーハウスを利用して手紙を交換、株式取引、保険契約が行われた。ここでの政治議論を通じて世論が形成された。18世紀後半にはクラブが誕生、人々の嗜好は茶に移りコーヒーハウスは衰退した。
天体の運動法則の理論式を書くのはニュートンだとハーレーとフックは考えた
重力が距離の逆2乗の法則に従うこと、惑星がその法則で運行していることをハーレーとフックは知っていた
アイザック・ニュートン - Wikipedia
エドモンド・ハレー - Wikipedia
ロバート・フック - Wikipedia
人は知っていることだけにこだわって、その知識をもとにして同じところをグルグルまわりして内に籠(こも)りがちである。外の世界、広い世界に向かう意識を養うことが肝要だ。このようなことを助ける場がフランスにおけるサロン、そしてイギリスにおけるコーヒーハウスであった。
ある時代のイギリスのコーヒーハウスは次のような事情であった。ロンドンのコーヒーハウスは文人の集まるところ、科学者が集まるところ、政治家が集まるところ、法律家が集まるところなど様々に分かれていた。コーヒーハウスは情報収集と交流と議論の場であった。フランスにおけるサロンに似ている。
コーヒーハウスは会話を楽しむ場でもあり、新しい知識を得る場になっていた。1650年過ぎのロンドンの社交場がコーヒーハウスであった。コーヒーハウスに出かければ新しい科学の出来事、つまり発明や発見の新しい知識が得られる。政治や経済や産業の最新情報に接することができる。コーヒーハウスは魅力に満ちた情報が集まる場であった。集まる情報は知的な発想を刺激する。
コーヒーハウスに集まる専門家に目新しい情報を提供したのがジャーナリズムであった。ジャーナリズムはイギリスの専門分野の社交場に集まる人々に最新の情報を提供するために生まれた。コーヒーハウスには集まる人々の関心に応える専門の新聞や雑誌が置かれた。オックスフォード大学の科学者のフックやレンとコーヒーハウスで交流したのがエドモンド・ハレーであった。エドモンド・ハレーは当時すでにロンドンでは名高い若き気鋭の科学者であった。エドモンド・ハレーはフックやレンとの話を通じて、ニュートンこそが惑星の動きを計算できる唯一の人であると考えた。エドモンド・ハレー自身もまた一流の科学者であった。
物理学者のコーヒーーハウスにおける交流の事例を引こう。
ハレー彗星の発見者ハレーとイアイザック・ニュートンの交流である。ハレーがニュートンを尋ねたのはニュートン41歳。ハレーは20代であった。太陽系の惑星が太陽の引力の影響下で描く軌道を引力が距離の二乗に反比例するときに描く軌道はどのような形かと聞いた。ニュートンは即座に楕円と答えた。ハレー彗星は、75.32年周期で地球に接近する地球から肉眼で見える唯一の短周期彗星であり、人によっては唯一生涯で2度見ることができる。ハレー彗星は周期彗星の中で最初に知られた彗星だ。1986年2月に回帰した。2061年夏に出現する。ハレー彗星を発見したのはエドモンド・ハレー。ニュートンのプリンピキアに導かれてハレーは1705年にハレー彗星を含め24種の彗星の軌道を計算して「ynopsis of the Astronomy of Comets」(彗星天文学概論)に記述した。
神学はケンブリッジ大学の基礎になっていてニュートンは他のフェローと同様に神職に就くことが義務付けられていた。ニュートンは特例によって神職に就くことを免れた。物理、数学、天文学の知識が秀でていたことによる。ニュートンにとって物理、数学、天文学は神がつくった世界を追究をすること、つまり知識を総動員して神がつくった真理を解き明かすことであった。ハレーがニュートンに会ってから一年半後の1686年にニュートンはプリンキピアこと「自然哲学の数学的原理」を脱稿し王立協会に提出した。ハレーは校正を引き受け、また刊行費用を負担した。プリンキピア誕生にまつわる話だ。
ニュートンの時代までに数学ではフェルマーの微分法、ワリスの積分法、バローによる微分法と積分法の統一などの成果があった。ガリレオ・ガリレーは力学運動の三法則のうち二つを解明していた。天文学ではケプラーが天体の運動法則を解き明かしていた。ニュートンは数学、力学、天文学の三分野を一つの統一した理論として編み上げた。これが「自然哲学の数学的原理」ことプリンキピアである。
ロバート・フック(Robert Hooke、1635年7月28日から1703年3月3日)は、弾性に関する法則であるフックの法則で知られるイギリスの自然哲学者、建築家、博物学者。フックは生体の最小単位をcell(細胞)と名付けたことでも知られる。フックの法則は、力学や物理学における構成則の一種で、バネの伸びと弾性限度以下の荷重は正比例するというもので、弾性の法則とも言う。フックの法則が成り立つ物質が線形弾性体またはフック弾性体だ。
フックはオックスフォード大学ウォドム・カレッジで学び、ジョン・ウィルキンズを中心に結成された王党派の一団に参加。医学者トーマス・ウィリスや化学者ロバート・ボイルの助手をつとめ、ボイルが気体の法則を見出した実験に使った真空ポンプの製作を手伝った。最初期のグレゴリー式望遠鏡を作って火星や木星が自転していることを観察し、化石を研究して進化論を唱えた初期の一人となった。光の屈折現象を研究して波動説に到達。物体を熱すると膨張すること、空気が比較的まばらな微粒子でできていることなどを示唆した。重力が距離の逆2乗の法則に従うこと、惑星がその法則で運行していることにフックは気づいていた。
以上が学者たちの交流の場であるコーヒーハウスにおけるこぼれ話だ。ここでの交流が知的を生みニュートン、ハーレー、ロバート・フックの業績が生れた。
ロンドンのコーヒーハウスは1683年に三千店、1714年に八千店になっていた。サロンのパトロンは王侯貴族。コーヒーハウスには最新の話題を集めた雑誌が用意されていた。これがジャーナリズムの元である。現代におけるジャーナリズムのパトロンは一般大衆であり、そうした読者であると理解する。
言いがかりとメシウマの対象となった高級公務員の交通事故の顛末
国家公務員をたたき給与や処遇を低めることがなされる。あの有名なひろゆきは、メシウマ論理ということで、公務員がたたかれる様子をみながら喰う飯は美味いというのが大衆の感情である述べる。高級官僚の不祥事が発覚してマスコミでたたかれることもメシウマの対象になる。メシウマとは「ざまあ見ろ」ということであり、人の感情の奥深いところにある嫉妬の現れである。
ある交通事故では結果の重大さへの同情が日本国内で膨れ上がり、裁判は国民感情と被害者遺族の主張にとらわれたものになった。同じ事故内容で別の判決結果がある。ある交通事故による死亡事件では運転者が国家公務員の最上級に位置する経歴の持ち主であったから「上級国民」の名で罵(ののし)られた。
国家公務員ならびに地方公務員は言いがかりを付けられる対象である。言いがかりとはイチャモンと言い換えることができる。以下はそうした言いがかりとメシウマの対象となった高級公務員の交通事故にまつわる顛末の覚書である。
コーヒーハウスの勃興が生んだジャーナリズム
ロンドンのコーヒーハウスは文人の集まるところ、科学者が集まるところ、政治家が集まるところ、法律家が集まるところなど様々に分かれていた。コーヒーハウスは情報収集と交流と議論の場であった。フランスにおけるサロンに似ている。会話を楽しむ場でもあり、新しい知識を得る場になっていた。1650年過ぎのドンドンの社交場がコーヒーハウスであった。コーヒーハウスに出かければ新しい科学の出来事、つまり発明や発見の新しい知識が得られる。政治や経済や産業の最新情報に接することができる。コーヒーハウスは魅力に満ちた情報が集まる場であった。集まる情報は知的な発想を刺激する。コーヒーハウスに集まる専門家に目新しい情報を提供したのがジャーナリズムであった。ジャーナリズムはイギリスの専門分野の社交場に集まる人々に最新の情報を提供するために生まれた。コーヒーハウスには集まる人々の関心に応える専門の新聞や雑誌が置かれた。オックスフォード大学の科学者のフックやレンとコーヒーハウスで交流したのがエドモンド・ハレーであった。エドモンド・ハレーは当時すでにロンドンでは名高い若き気鋭の科学者であった。エドモンド・ハレーはフックやレンとの話を通じて、ニュートンこそが惑星の動きを計算できる唯一の人であると考えた。エドモンド・ハレー自身もまた一流の科学者であった。
ジャーナリズムは情報提供を使命とし誇張と虚言はあってはならない
ジャーナリズムは人々への情報提供を使命とする。誇張と虚言はあってはならない。情報を受け取った人がそれをそのまま使えることが条件になる。ジャーナリズムの性質と特性だ。コーヒーハウスができてから50年後の1700年にロンドンにおける店の数は二千軒になっていた。コーヒーハウスはフランス宮廷におけるサロンに似ている。フランスのサロンは、宮廷や貴族の邸宅に文化人、学者、作家らが集い知的な会話を楽しむ場であった。サロンのパトロンは王侯貴族である。現代のジャーナリズムとしての新聞のパトロンはつまり支援者は普通の読者層である。日本のジャーナリズムは何時しか国家権力におもねる御用聞きとなり読者を無視した虚言報道をするようになった。朝日新聞における慰安婦報道、読売新聞における前川喜平の新宿・歌舞伎町のバーへの出入りに関する虚偽報道である。
記事は書かせるものだと考える権力者の掌の平に載るジャーナリズム
日本のジャーナリズムはどのようにできているか。弁護士の今村核が言う。記事は書かせるものだ、と。警察関係者がマスコミを扱うときの言葉だ。記事は書かせるものだと警察が考え実行していることを今村核は外国特派員協会での講演で述べる。日本のジャーナリズムから吐き出される記事とは、記事は書かせるものだ、とする権力者の掌の平に載っていると考えたらよい。安倍晋三首相は国会で読売新聞に語っているからそれを読むようにと答弁した。読売新聞を政府機関紙と考えていた。
被害者への同情記事であふれかえる交通事故報道
東京都の東池袋の交差点で自家用車が暴走した事故で二人の死者がでた。ブレーキとアクセルと踏み違えたというのが判決である。事故報道は被害者への同情記事であふれた。別の自動車暴走事故がある。特捜部のエースと呼ばれた検事が退職後にレクサスの暴走で起こした致死事故である。特捜検事は自分も一緒に死ねばよかったと口走った。その後に暴走事故を振り返る。座席の位置関係を確認して、ブレーキとアクセルの踏み間違えによるものでないと考えるようになった。裁判では無罪を主張して争ったが有罪となり、控訴審を争っている。上は二つの自家用車暴走事故の事例だ。ともに自動車の暴走はアクセルを踏んだのではないとした。
レクサス暴走致死は一億一千万円の支払う 池袋事故は一億七千万円の損害賠償請求
特捜部エースのレクサス暴走の致死事故では示談金一億一千万円が支払われた。被害者遺族との間で一億一千万円を支払う示談が成立し任意保険によって支払われた。ただし事故の刑事裁判は控訴審が争われている。東池袋の交差点で事故は民事裁判が進行中であり被害者遺族は一億七千万円を求めて損害賠償を請求している。交通社会は車両同士の事故、人身事故などに備えて保険制度をつくりあげた。保険のための費用をどのように考えるか。自家用車など交通車両がない社会には不要であった社会的な出費である。原子力発電所がもたらす事故はどうか。原子力事故は起こらないものだと決めて国と電力会社は発電事業をつづけてきた。保険に該当する費用を電力使用料金に含ませて需要者から徴収するとなると原発の社会的費用は水力発電のそれの100倍1,000では留まらない。無限大という概念の保険費用を要するのが原子力発電である。自動車の社会的費用を世に問うた宇沢弘文の問題意識が自動車保険によっても思い起こされる。現代の交通社会で発生する死傷事故への被害者と遺族の感情は戦争におけるそれの何百倍にもなるのは何故なのか。原子力事故による放射能汚染の被害を保証するための費用は保険としては成立しない。原発事故被害者のなげきよりも、交通事故被害者のなげきの調子が時にははるかに強い。
データ保存装置の車両への取り付の法改正に
東池袋交通事故二名の致死事件の被告は一審判決の後で犯罪加害者家族の支援をするNPO団体の理事長と2021年9月15日に面会して控訴しない意向を伝えた。被害者ではなく加害者を支援する組織である。加害者は家族を含めて社会的な制裁を受ける。和歌山毒カレー事件の被告の子供たちは社会からつまはじきにされた。子供の一人は自分の娘と一緒に関空の大さん橋から身を投じて母子ともに命を絶った。東池袋交通事故の被告の控訴期限は9月16日であった。被告は90歳であり車いす生活の状態にあり、夫人との二人暮らしだ。一審判決はブレーキとアクセルの踏み違えによる暴走と決めつけた。警察は起訴した犯罪はマスコミを扇動して被告を悪者として描き出す。犯罪被害者やその家族に対しても憎悪を促すような聴取をする。車両に取り付けられているデータ保存装置はエンジンの異常を示していなかったとする。この事件を受けてというタイミングでデータ保存装置を車両への取り付けが義務が法令に盛られることになった。ガソリンの供給とエンジン燃焼が車載のコンピュータによって制御されているのが現代の自動車である。パソコンが故障するように車載コンピュータも故障する。故障した車載コンピュータは車を制御不能ににし暴走もさせる。どのような機械も故障する。自動車を運転する者は機械は故障すると考えていなくてはならない。運転者が運転者の誤操作による車両暴走でないことを主張していることと、データ保存装置の車両への取り付の法改正はつながる。
日本の経済の特質が誘導する交通事故原因と裁判の結果
取り上げた二つの事故事例における自動車は日本の同じメーカーの自家用車であった。古賀茂明は日本経済は一社の自動車メーカー寄りかかっている一本足打法だと表現する。二つの事例の自動車の暴走はエンジンなどに急発進の異常な履歴はないとされる。自家用車の暴走が運転操作によるものでないと主張するのであれば、裁判では被告側がこのことを立証しなければならない。二つの事故では被告は自らが主張する車両暴走の原因を立証できなかった。特捜のエース検事の裁判証言は暴走原因が運転者の誤操作でないことを証明しているように見えた。裁判の結果は二つとも有罪である。自動車が原因で暴走したとなればコンピュータ制御で動くエンジンをつくる自動車メーカーは存立できなくなる。平常運転時に衝突時の衝撃を和らげるエアーバッグという風船が突然に開いたことをめぐる裁判は、日本のそのメーカーを滅ぼした。自動車メーカー側にも日本の経済と関わる国家の側にも自動車産業の存続のためにエンジンとその制御に欠陥があってはならない。そのことが原因になっての死傷事故は起きてはならない。
運転者はアクセルを踏んだという確かな記憶はないと主張 結果は禁錮3年執行猶予5年
自家用車暴走による死亡事故の三つ目の事例である。運転者はアクセルとブレーキの踏み違えを認めなかった。70歳代女性の被告人は普通乗用車を運転してスーパーの駐車場から出ようと一時停止して車道へでるときに、アクセルとブレーキを踏み間違えた。車は急加速し一気に車道を横切り、反対側の歩道のガードレールを突き破って歩道にいた一人の女性を死亡させた。運転者はアクセルを踏んだという確かな記憶はないと主張した。判決は禁錮3年執行猶予5年。被告が主張する事故原因の立証はできなかった。
有罪事故判決後の被害者弁護人の背後に見える警察の気配
東池袋交差点で二人が死亡した自動車事故の一審判決後に被害者側弁護団の二人が取材に答えて次のように語った。
そのうちの一人は次の言葉だ。
どちらの味方でもない中立的な立場の裁判官が「納得したのなら、被害者にちゃんと謝って欲しい」と言葉をかけたのは、裁判官が被告に謝るチャンスをくれたと思っています。事実認定の仕方自体はオーソドックスで、淡々としたもので、手堅い感じがしました。被害者に対する温かい眼差しを感じました。判決を聞いてそう感じることはあまりないのですが、いろんなことを考えて言葉を選んで言葉をかけてくれたのかなと思える、不思議な温かみを感じる判決でした。さまざまな事件で判決を聞いてきましたが、裁判官として客観的な事実認定をした上で、被害者に寄り添ってくれたのかなと思いました。
もう一人の言葉だ。
求刑が禁錮7年であったのに、5年に減刑されたのか。量刑が軽すぎるとは思います。でも過失運転致死傷罪の上限7年にしばられているのです。実刑判決では求刑の5割、6割となる場合もあるので、妥当なところでしょう。たいてい求刑よりも判決のほうが減刑されます。検察庁には求刑した事例の集積があり、担当検察官はそれに基づいて求刑します。一方で、裁判所にも事例の集積がありますが、それは検察庁の基準とは異なります。ですから減刑されることが多いのです。多重事故で10人以上亡くなった交通事故もあるので、今回7年という上限の判決を出してしまったら、量刑の均衡を考えると不公平になってしまいます。過失運転致死傷罪でより重い危険運転致死傷罪とならなかったのは今回の事故は、アルコールの影響はありませんし、制御困難な高速度をわざと出したり、幅寄せしたり、逆走したり、信号をことさらに無視したりしていませんから、危険運転致死傷罪の要件にそもそも当てはまらないからです。しかし現状では、危険運転致死傷罪の上限は懲役20年、過失運転致死傷罪は7年で、13年も差があります。過失犯であっても13~14年の上限に法改正しないと、つり合わないと思います。
警察庁と被害者弁護人と被害者が一つの糸で結ばれていた
自家用車暴走事故の裁判の背後に奇妙な様子が見える。被害者家族が何時しか被害者の会の副代表になっていた。弁護団の弁護士二人はその被害者団体の顧問の弁護士六人のなかに含まれている。被害者団体は警察庁が後押しする団体であった。団体のホームページは警察庁のそれのなかに掲載されている。警察庁が交通被害者の気持ちを汲んでいることなのか。交通事故被害者は悲嘆にくれる。その感情をいつまでも引きずっていられない。全国的な被害者団体はいつしか解消されていた。被害者団体は地域ごとに組織される傾向にある。解散後の全国団体のあとを引き継ぐように、上の団体がつくられていた。
危険運転致死傷罪上限の懲役20年と過失運転致死傷罪7年、この刑の13年の差を埋めたい警察庁
二人が死亡した交通事故の地裁判決の後での弁護士の発言には警察庁の罰則強化の意向が反映しているように思われる。当該弁護士と警察庁の間での交流の痕跡がある。二者の間には共通意識が育つ。危険運転致死傷罪の上限は懲役20年、過失運転致死傷罪は7年で、二つの刑には13年もの開きがある。危険運転致死傷罪を適用するための立証は難しい。過失運転致死傷罪の最高刑7年を引き上げる考えがあるのだ。記事は書かせるものだというのが警察と検察の考え方である。司法当局はマスコミにたきつけて世論をあおる。池上彰がNHK地方支局員であったころ、警察回りをしていると警察官にこっそり呼ばれて一人だけ事件のことを伝えられた。記者には特ダネである。同じようにして他局や新聞社にも特ダネが警察から提供され、特ダネ報道が世にでる。
くも膜下出血のタクシー暴走で死者 運転者も間もなく死亡
2021年9月11日に東京都の千代田区役所前で、くも膜下出血した個人タクシーの運転手が暴走して一人を死亡させ、運転手は間もなくくも膜下出血が原因で死んだ。目撃者証言によるとタクシー運転手(64歳男性)は事故直前に下を向きつらそうに運転していた。後続車両の警笛によって急発進して通行人や歩道にいた人を跳ねて電柱に激突した。運転手の母親は事故死した人やケガをした人を気遣う。わが子が死んだことが良かったような口ぶりであった。交通事故は加害者も被害者も、加害者家族も被害者家族も悲しませ不幸にする。医者が処方した薬の副反応で意識障害に陥り死傷事故を起こした被告は裁判で無罪になった。薬の処方と意識障害が連動したことを裁判所が認めた。無罪になった被告は、その後、被害者に詫びるためにということで自ら有罪とすべきであることを申し出て罪を背負った。
郷原信郎「日本の権力を斬る」第97回で「池袋暴走事故、実刑判決に控訴せずをどう見るか」で述べた言葉
弁護士で特捜検事の郷原信郎は2021年9月17日放送の自らの動画番組、郷原信郎の「日本の権力を斬る!」第97回で「池袋暴走事故、実刑判決に控訴せずをどう見るか」で取り上げて意見を述べた。16分37秒の動画なかで郷原信郎が述べた意見の概要は次のとおり。
郷原信郎の意見。
プリウスの暴走事故は以前から話題にされていた。2017年の福岡のプリウス暴走によるタクシー事故においても運転手は否定していた誤操作を否定していた。このような事情があるので、今回の東池袋におけるプリウス暴走事故がブレーキとアクセルの踏み間違いであると言い切るには躊躇せざるを得ないところがある。裁判官がこのようなことが頭をかすめたとすれば判決の内容は少し違ったのではないか。被告の無罪の主張はすべて排斥された。車の不具合は証拠上認めることができなかったことにもことにもよる。裁判官は提出されている証拠をもとにして判断することになるのでこのような判決になるのはやむ得ないことだろう。判決に当たっては検察と裁判所との権力の側の構造というよりも、事故の中身に目を向けるのではなく、結果の重大性だけを問題にする社会風潮あるいは社会の構造がこのような判決になったといえる。一審で無罪を主張していて実刑の判決となったときに控訴しない事例はほぼない。日本の裁判制度は三審制になっているが、この裁判では被告の控訴する権利が事実上なくなっていたのではないか。圧倒的な世論に押しつぶされた感がある。冷静に客観的に被告人を裁く環境をつくることが大事だ。池袋プリウス事故では運転者が上級国民だから特別に取り扱われたのではないか、という声が出ていた。逮捕するかどうかは処罰ではない。逮捕の必要がある場合に現行犯逮捕するか、逮捕状で逮捕することになる。逃亡の恐れがある場合や記憶が新鮮な状態のうちに逮捕して事情聴取するというために事故直後の逮捕されることがある。逮捕後も24時間か48時間後に釈放されることが多い。東池袋プリウス事故では運転者が肋骨骨折をして入院したために逮捕されなかった、というだけのことである。
「池袋暴走事故、実刑判決に控訴せずをどう見るか」への視聴者の反応の一事例が次に掲げる。
Y氏 小生、元自動車メーカーでいわゆる欠陥車訴訟を長年担当していた者ですが、事故当初から「本当にアクセルとブレーキの踏み間違い以外には考えられないのかどうか」、少々疑問を感じていました。今から30年余り前、AT車の暴走事故が全国で多発したことがありました。その時は、電磁波の影響が疑われましたが、社内で再現実験を行っても、事故はめったに再発しないのです。小生の友人も同じプリウスで、偶々大事にはいたらなかったものの、今回の事故と酷似した事故を経験しました。トヨタの側は勿論、総力を挙げて欠陥の存在を否定するので、一素人がこれに対抗する技術力など持ち得ようがありません。主に民事訴訟ですが、アメリカでは、原告をサポートする技術専門家がかなりの数居るので事故にあった原告(またはその遺族)が、彼らの助力を得てメーカー宛ての訴訟で勝訴するケースが多数ありますが、日本にはそうした技術専門家は皆無のため、今回の場合も飯塚氏側が車の不具合を立証することはほぼ不可能であったと考えられます。だからといって、100%彼の「運転ミス」であったとは言い切れないと思います。それを、いわば「人民裁判」のような形で有罪判決を導き、おまけに控訴も許さないというような日本社会の在り方には、大いなる疑問を感じています。
S氏 世論の暴走によって事故の原因が自動車の安全システムの不備にあったかもしれないのに、加害者が非常に不利な立場になるという郷原さんの主張はよく分かりました。
運転者の管理下におかれない自動車の暴走事故
運転中のくも膜下出血や突然死がおこることがある。意識を失った人が運転する自動車が暴走する。暴走車は人を弾き飛ばす。車道も歩道も暴走車には区別がない。信号を意図して無視するのではない。制御できない車の暴走状態にあっては信号がどのようであっても走り進む。運転者には不可抗力の車両の不具合による暴走であっても事故が発生すれば運転者に責任が帰する。ブレーキ故障は運転者の責任に帰属する。車両故障のすべてがそうである。整備不良になるのだ。日本の社会では自動車運転者は同時に肌身の歩行者の立場にもなる。歩行者になっていれば自動車の暴走をも考慮して道を歩かなくてはならない。横断歩道の青信号は単なる目安に過ぎない。青信号の先から車が走ってくる。信号の右折や左折は車には青信号である。歩行者にも青信号なのだ。右も見ず左も見ずに手を挙げて交差点を渡る小学生がいる。規則を教わった小学生の行動が単純であることには警戒を要する。
ウィキペディアで書き増しされた官僚の個人情報
取り上げた高級官僚の運転する自動車の暴走事故の裁判の途中で、その官僚の個人情報を記載するフリー百科事典ウィキペディア(Wikipedia)のが大きく書き換えられた。行政官としての経歴と業績、学会での活動、民間経営者として業績などの詳細が大量に盛り込まれた。個人の行政を示すことによって社会に果たした役割とその能力を示すことを通じて人間としての高潔さを示そうとしたことが見て取れる内容である。2024年10月現在もそのままの状態である。この文書はある人々、それは中級、高給官僚たちの企図によるものである。
ウィキペディアは書面などの形になっている情報を引用して書き並べる形式の辞書である。ある一定の条件が整えば書き換えられ、前回文書の痕跡が残らないことも多い。正確さというよりもある意図の反映であることが多いので、引用には注意を要する。筆者はこうした性質を知っているから、ウィキペディア記載のある時点の文章を保存して対照することがある。
経済産業省の任務は経済発展とエネルギーの安定供給、施策の一つに計量標準の供給と適正計量の実施の確保
東京都千代田区霞が関にある経済産業省の霞が関庁舎の一つ。
東京都千代田区霞が関の経済産業省庁舎の一部。
経済産業省設置法第三条(任務)で「経済産業省は、民間の経済活力の向上及び対外経済関係の円滑な発展を中心とする経済及び産業の発展並びに鉱物資源及びエネルギーの安定的かつ効率的な供給の確保を図ることを任務とする」と規定。
さらに次を規定する。2において、前項に定めるもののほか、経済産業省は、同項の任務に関連する特定の内閣の重要政策に関する内閣の事務を助けることを任務とする。3において、経済産業省は、前項の任務を遂行するに当たり、内閣官房を助けるものとする。
第四条が所掌事務を規定する。すなわち「経済産業省は、前条第一項の任務を達成するため、次に掲げる事務をつかさどる」として、二十七項に「計量の標準の整備及び適正な計量の実施の確保に関すること」ことを定めている。
経済産業省は国家公務員になろうとする者に人気の官庁である。財務省、総務省などとともに採用に至る道のりは険しい。採用者数は総合職と霞が関本省勤務の一般職とも決して多くはない。高位の席次で合格して、面接で適正と熱意が計られての採用となる。一般職でも東大卒業者、同大学大学院修了者がいる。
経済産業省2022年職員採用実績と出身大学
以下は経済産業省が発表した2022年度総合職ならびに一般職の採用人数、ならびに出身大学のである。
国家公務員試験合格者のうち経済産業省が採用した人数と採用者の学校歴。経済産業省が発表した2022年度に採用実績は次のとおり。
総合職 年度別の採用人数
年度 2015 2016 2017 2018 2019 2020 2021 2022
事務系男性 18 18 20 20 19 20 18 26
事務系女性 8 9 8 9 11 11 13 10
事務系合計 26 27 28 29 30 31 31 36
技術系男性 10 11 11 13 14 11 16 16
技術系女性 6 5 6 6 7 10 5 4
技術系合計 6 16 17 19 2 21 21 20
※総合職事務系、行政、人間科学、法務、政治・国際、法律、経済、教養区分から採用。※総合職技術系は、全ての技術系試験区分より採用。
技術系試験区分ごとの採用実績
電気・電子・情報 機械 土木 建築 物理 化学 農学 農業農村工学 林学(下記表は左からの順送りでご判読ください)
2016年度 4(1) 3(2) 3(0) 2(1) 2(0) 2(0) 3(2) 0(0) 1(0)
2017年度 4(0) 3(2) 1(0) 2(1) 1(1) 4(0) 0(0) 0(0) 2(1)
2018年度 6(1) 3(0) 2(1) 4(1) 4(2) 3(1) 0(0) 1(0) 1(0)
2019年度 2(1) 3(0) 3(0) 3(1) 5(3) 3(1) 3(1) 0(0) 4(3)
2020年度 4(1) 4(1) 2(2) 1(1) 0(0) 10(5) 1(1) 1(1) 2(1)
2021年度 6(2) 2(0) 2(2) 1(0) 3(2) 12(5) 0(0) 0(0) 0(0)
2022年度 4(3) 1(0) 4(0) 0(0) 1(0) 9(3) 1(1) 0(0) 0(0)
※全区分から採用。※()は女性の数。
近年の採用者の出身大学
大阪大学、大阪大学大学院、関西学院大学、九州大学、京都大学、京都大学大学院、群馬大学、慶應義塾大学、慶應義塾大学大学院、神戸大学、中央大学、東京工業大学、東京工業大学大学院、東京大学、東京大学大学院、東京理科大学大学院、東北大学、東北大学大学院、名古屋大学、名古屋大学大学院、一橋大学、一橋大学大学院、北京大学大学院、北海道大学、北海道大学大学院、早稲田大学、早稲田大学大学院、横浜国立大学大学院 他
一般職大卒程度 年度別の採用人数
年度 2015 2016 2017 2018 2019 2020 2021 2022
行政系男性 15 13 13 11 16 11 16 13
行政系女性 8 10 10 12 11 13 11 15
行政系合計 23 23 23 23 27 24 27 28
技術系男性 16 14 12 18 16 12 15 13
技術系女性 6 6 5 6 10 13 11 7
技術系合計 22 20 17 24 26 25 26 20
技術系試験区分ごとの採用実績
試験区分 電気/電子/情報 機械 土木 建築 物理 化学 農学 農業農村工学 林学(下記表は左からの順送りでご判読ください)
2015年度 3 (0) 1(0) 6(2) 0(0) 3(1) 5(1) 2(1) 1(1) 1(1)
2016年度 4(1) 3(2) 3(0) 2(1) 2(0) 2(0) 3(2) 0(0) 1(0)
2017年度 4(0) 3(2) 1(0) 2(1) 1(1) 4(0) 0(0) 0(0) 2(1)
2018年度 6(1) 3(0) 2(1) 4(1) 4(2) 3(1) 0(0) 1(0) 1(0)
2019年度 2(1) 3(0) 3(0) 3(1) 5(3) 3(1) 3(1) 0(0) 4(3)
2020年度 4(1) 4(1) 2(2) 1(1) 0(0) 10(5) 1(1) 1(1) 2(1)
2021年度 6(2) 2(0) 2(2) 1(0) 3(2) 12(5) 0(0) 0(0) 0(0)
2022年度 4(3) 1(0) 4(0) 0(0) 1(0) 9(3) 1(1) 0(0) 0(0)
※全区分から採用。※()は女性の数。
近年の採用者の出身大学(行政・技術)
<国立・公立>
愛知教育大学、秋田大学、茨城大学、岩手大学、宇都宮大学、愛媛大学、大阪大学、大阪教育大学、大阪市立大学、大阪府立大学、岡山大学、お茶の水女子大学、金沢大学大学院、北九州市立大学、岐阜大学、岐阜工業高等専門学校、九州大学、九州大学大学院、京都大学、熊本大学、群馬大学、高知大学大学院、神戸大学、国際教養大学、埼玉大学、埼玉大学大学院、佐賀大学、産業技術高等専門学校、静岡大学、静岡大学大学院、下関市立大学、首都大学東京、首都大学東京大学院、信州大学、千葉大学、千葉大学大学院、筑波大学、電気通信大学、東京外国語大学、東京工業大学大学院、東京大学大学院、東京農業工業大学、東京農業工業大学大学院、東北大学、東北大学大学院、長崎大学、長崎大学大学院、名古屋大学、新潟大学、新潟大学大学院、弘前大学、広島大学、福島大学、北海道大学、北海道大学大学院、三重大学、山形大学、山形大学大学院、山口大学、山梨大学、横浜市立大学、横浜国立大学、琉球大学、和歌山大学、和歌山大学大学院 他
<私立>
青山学院大学、麻布大学、大阪経済大学、学習院大学、学習院大学大学院、神奈川大学、関西学院大学、関西学院大学大学院、関西大学、京都薬科大学、慶應義塾大学、國學院大學、芝浦工業大学、上智大学、成蹊大学、聖心女子大学、西南学院大学、専修大学、千葉工業大学、中央大学、東海大学、東京都市大学、東京農業大学、東京薬科大学大学院、東京理科大学、東京理科大学大学院、同志社大学、東北学院大学、東洋大学、獨協大学、日本大学、日本大学大学院、ニューヨーク州立大学バッファロー校、法政大学、武蔵大学、武蔵野美術大学、明治学院大学、明治大学、明治大学大学院、立教大学、立命館大学、立命館大学大学院、早稲田大学、早稲田大学大学院 他
一般職高卒者 年度別の採用人数
年度 2015 2016 2017 2018 2019 2020 2021 2022
男性 8 5 7 8 8 9 10 11
女性 6 7 6 5 5 7 8 10
合計 14 12 13 13 13 16 18 21
※高等専門学校、高等学校、法律専門学校(公務員予備校)等出身者の採用実績がある。
官僚制度と計量の世界(4) 執筆 夏森龍之介
2024-09-15-bureaucracy-and-metrology-by-ryunosuke-natsumori-4-
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├交通事故報道の背後にある警察庁の意思と国家権力のジャーナリズム支配
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├目次 官僚制度と計量の世界 執筆 夏森龍之介
├官僚制度と計量の世界(10) 執筆 夏森龍之介
├官僚制度と計量の世界(9) 執筆 夏森龍之介
├官僚制度と計量の世界(8) 執筆 夏森龍之介
├官僚制度と計量の世界(7) 執筆 夏森龍之介
├官僚制度と計量の世界(6) 執筆 夏森龍之介
├官僚制度と計量の世界(5) 執筆 夏森龍之介
├官僚制度と計量の世界(4) 執筆 夏森龍之介
├官僚制度と計量の世界(3) 執筆 夏森龍之介
├官僚制度と計量の世界(2) 執筆 夏森龍之介
├官僚制度と計量の世界(1) 執筆 夏森龍之介
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計量計測トレーサビリティのデータベース(サブタイトル 日本の計量計測とトレーサビリティ)
2019-02-05-database-of-measurement-measurement-traceability-measurement-news-
計量計測トレーサビリティのデータベース(計量計測トレーサビリティ辞書)
2019-02-07-1-database-of-measurement-measurement-traceability-measurement-news-
計量計測トレーサビリティのデータベース(計量計測トレーサビリティ辞書)-2-
2019-02-07-2-database-of-measurement-measurement-traceability-measurement-news-
計量計測トレーサビリティのデータベース(計量計測トレーサビリティ辞書)-3-
2019-02-07-3-database-of-measurement-measurement-traceability-measurement-news-