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ある計測技術者外伝後日譚 ( 3 ) 矢野宏が関わった人物の逸話

A Certain Measurement Engineer: Sequel (3) by Koya Yano

矢野宏が深く関わった人物すべての話というわけにもいかないが、品質分野や計測分野の関係者が関わっていた逸話を、直接間接も含め、聞くことができた範囲で残したい

ある計測技術者外伝後日譚 ( 3 ) 矢野宏が関わった人物の逸話 矢野耕也


(計量計測データバンク編集部)

ある計測技術者外伝後日譚 ( 3 ) 矢野宏が関わった人物の逸話 矢野耕也

ある計測技術者外伝後日譚 ( 3 ) 矢野宏が関わった人物の逸話 矢野耕也

ある計測技術者外伝 後日譚(3) 矢野宏が関わった人物の逸話 矢野耕也

(タイトル)

ある計測技術者外伝後日譚 ( 3 ) 矢野宏が関わった人物の逸話 矢野耕也

(本文)


親族の出征風景

 先人の戦時下それぞれ昭和一桁生まれは、否が応でも何らかの形で戦争の影響を受けているといえるであろう。ましてやその上の世代である明治や大正世代となると、現役で召集されたケースも少なくないと思われる。もちろん漠然と戦記を残すことが趣旨ではないし、矢野宏が深く関わった人物すべての話というわけにもいかないが、品質分野や計測分野の関係者が関わっていた逸話を、直接間接も含め、聞くことができた範囲で残したい。

 とはいえ、昭和20年代や30年代はほぼ全員が何らかの形で被害を受けているので、いちいち戦時中のことなどを語り合うケースは多くなかったのではないかと思われる。いきおい相手は年齢的に成人男性に限定されるため、自然と就職以降の話にならざるを得なくなるが、矢野宏は晩年、品質工学の歴史化と題し、創生期の方々の記事を残していることから、先人の苦労は遺しておきたかったのだと思う。

 まずは中央計量検定所の最初の上司であった山本健太郎氏(1920(大正8)年生まれ)であるが、大学の造兵学科を出てから、陸軍の技術将校として沼津辺りで高射砲の射角計算に従事していたというが、職場の知り合いに関してはほぼ情報がない。現在は違うかも知れないが、計量研究所は風土的に肩書で呼ぶことは少ないようで、年上は〇〇さん、近しい人か年下は〇〇君しか敬称を使わなかったし、山本氏以外で話に出てきたのは朝永さん、松代さんと呼んでいた。

 後に所長になる朝永良夫氏(当時第1部長 )や日本大学教授に転身する松代正三氏(当時第3部長 )くらいであった。その山本氏と矢野宏が後年必死に取り組んだ品質工学の田口玄一氏との接点は、山本氏が参加していた日本規格協会にあったCOSCOという委員会にあったようで、またその後のSN比の研究会に矢野宏を推挙したことや、かたさ標準の開発に実験計画法を取り入れたことなどが重層的にその後につながり、以下に述べる品質管理の歴史に出てくる人物たちとの交流が生まれたのだと思う。

 品質工学の創始者である田口玄一氏(1924(大正13)年生まれ)は実家の紡織業が金属供出で立ち行かなくなり、1942年に桐生高専紡織別科を卒業後に海軍水路部に奉職しているが、本格的な兵器開発にはあまり関わっていない。

 当時入手しにくくなっていた英文の論文や書籍を読み耽り、独学で数理統計学や数学を学んでいた姿を憲兵に目をつけられたと聞いている。本業では1943年の皆既日食の観察を岩手県水沢の測候所で行ったり、水路部井の頭分室が置かれた立教高等女学校( 現在の立教女学院高校)で、星座の位置を頼りに戦闘機の現在位置を割り出す「高度方位暦」の作成に携わっていたといい、3月10日の東京大空襲は立教女学院で過ごしたと述懐をしていた。他に宮崎などの攻撃機が配置されたような基地にも、高度方位暦の使用法を教授しに行ったという。

 田口氏は戦後厚生省に次いで文部省統計数理研究所に籍を置いていたが、後日譚 (1)で触れた師の増山元三郎氏の推挙もあって1950年に電気通信省(後の電電公社、現 NTT)電気通信研究所に職を得て成果を出し続けていた。その時の上司である課長の茅野健氏(1910年~1997年)も品質管理人脈の一人として時代に翻弄された一人で、大学を卒業した1932(昭和7)年は採用が少なかったらしく、なんとか日本放送協会本部技術部 ( 現在のNHK)に職を得て、その頃に複数企業の電気技術者と接点を持ったというが、戦時中は陸軍航空本部研究所に技術将校として召集されていた。

 ジャーナリストの徳丸壮也氏によれば、電電公社で茅野氏の部下で田口氏の上司にあたる唐津一氏(1919年~ 2016年)もそこでレーダーの研究をしており、田口氏の述懐では試作した誘導爆弾の発射実験でなぜか自分たちの方に戻ってきて大慌てだったという笑い話があったという。同じ実験トラブルは俗称「エロ爆弾」と綽名のあるイ号一型乙無線誘導弾にもあり、伊東で発射実験をした同爆弾が熱海の方に戻ってきて旅館の女湯を直撃して死傷者が出たエピソードがあるが、同じものかどうかは不明である。

 戦後に茅野氏は逓信省に入り、日本に品質管理をもたらしたとされるGHQが開いた品質管理の講座である「 CCS 講座」 (CCSはGHQが設置した13 部局のうちの一つで、民間通信局の頭文字)を聴講して品質管理の重要性に気づいた1人であった。またCCS 講座を受講した一人で、戦前の東京電気(後の東芝 )の技術者時代から付き合いがあり、GHQ向けの真空管などを担当し、その後日本初のQCコンサルタント、さらには初代南極越冬隊長にもなった西堀榮三郎氏(1903年~1989年、NHKのプロジェクトXにも登場)を1953(昭和28)年に電電公社に招聘しており、田口氏もスタッフとして一緒に仕事をしていた。西堀氏は京都大学卒業後に助教授になるも1年で東芝に移り、戦時中は簡易的な製造が可能で丈夫である真空管「ソラ」の開発に成功をさせて、当時の技術院から表彰されている。戦争末期に新潟の臥牛山(がぎゅうさん)に地下工場を作る計画で、火薬がなく掘れないとなった段階で、イタリアとスイスを結ぶシンプロントンネルで用いた液体酸素を爆薬代わりにする工法を軍に提示し、横浜高等工業学校から派遣されていた原田明氏(後に茅野氏の跡を継ぐ)に川崎の東芝に取りに行かせるも工場が焼け落ち中止になっているが、このように多数の技術者が軍に徴用されていたことは、時代背景もあるにせよ避けられないことであった。

 最後は昭和中期の話であるが、矢野宏が師の一人と仰いでいる蓮沼宏東京理科大学教授の北小金のマンションに幼児の筆者が連れられて訪問した時の記憶である。応接間の壁に巨大な絵が飾ってあり、洞窟のような薄暗い中で軍人同士が会合をしているような奇妙な構図である。聞けば昭和20年8月の御前会議で、蓮沼教授の父親である蓮沼蕃陸軍大将兼侍従武官長が会議に同席をしていた時の様子であると聞かされたが、それがどれだけの重みを持つものかは幼児には殆ど理解ができなかったものである。( 続く)

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ある計測技術者外伝後日譚 ( 3 ) 矢野宏が関わった人物の逸話 矢野耕也
ある計測技術者外伝 後日譚(2) 戦争の記憶 矢野耕也
ある計測技術者外伝 後日譚(1) 計ると測る 矢野耕也

目次 官僚制度と計量の世界 執筆 夏森龍之介






関連論説-その2-インフラ建設が経済成長に寄与した時代の経済学 夏森龍之介
├関連論説-その1-経済からみた日米戦争と国力差、ウクライナ戦争の終着点 執筆 夏森龍之介






官僚制度と計量の世界(24) 戦争への偽りの瀬踏み 日米の産業力比較 陸軍省戦争経済研究班「秋丸機関」の作業 執筆 夏森龍之介
官僚制度と計量の世界(23) 第二次大戦突入と焦土の敗戦「なぜ戦争をし敗れたのか」 執筆 夏森龍之介
官僚制度と計量の世界(22) 結核で除隊の幹部候補生 外務省職員 福島新吾の場合 執筆 夏森龍之介
官僚制度と計量の世界(21) 戦争と経済と昭和天皇裕仁 執筆 夏森龍之介
官僚制度と計量の世界(20) 執筆 夏森龍之介
官僚制度と計量の世界(19) 執筆 夏森龍之介
官僚制度と計量の世界(18) 執筆 夏森龍之介
官僚制度と計量の世界(17) 執筆 夏森龍之介
官僚制度と計量の世界(16) 執筆 夏森龍之介
官僚制度と計量の世界(15) 執筆 夏森龍之介
官僚制度と計量の世界(14) 執筆 夏森龍之介
官僚制度と計量の世界(13) 執筆 夏森龍之介
官僚制度と計量の世界(12) 執筆 夏森龍之介
官僚制度と計量の世界(11) 執筆 夏森龍之介
官僚制度と計量の世界(10) 執筆 夏森龍之介
官僚制度と計量の世界(9) 執筆 夏森龍之介
官僚制度と計量の世界(8) 執筆 夏森龍之介
官僚制度と計量の世界(7) 執筆 夏森龍之介
官僚制度と計量の世界(6) 執筆 夏森龍之介
官僚制度と計量の世界(5) 執筆 夏森龍之介
官僚制度と計量の世界(4) 執筆 夏森龍之介
官僚制度と計量の世界(3) 執筆 夏森龍之介
官僚制度と計量の世界(2) 執筆 夏森龍之介
官僚制度と計量の世界(1) 執筆 夏森龍之介

ほか

[資料]国立研究開発法人産業技術総合研究所:役員および執行体制 (aist.go.jp)
https://www.aist.go.jp/aist_j/information/organization/director/director_main.html

[資料]

人の平均寿命は伸びてきたが絶対寿命は120年 夏森龍之介

銀行券・貨幣の発行・管理の概要 : 日本銀行 Bank of Japan

財務省が第153次製造貨幣大試験を実施 令和6年10月28日、大阪市の造幣局で

第153次製造貨幣大試験を実施しました : 財務省

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